半側空間無視症例に対する視覚イメージ課題の効果について
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説明
【目的】イメージとは、過去の経験を短期記憶に移動させ、その記憶をより具体的に想起する心的行動を指し、感覚からのフィードバックを伴わない脳のトップダウン処理と解釈されている。イメージには、自分が運動している感覚を想起する運動イメージと、他者の運動や動きを観察していることを想起する視覚イメージがある。近年、脳卒中片麻痺患者に対する運動イメージ課題は、運動麻痺や到達運動に改善が得られることが多数報告されている。一方、Niemeier(1998)は、半側空間無視(USN)症例を対象に症例自身が灯台の役目になることを視覚イメージさせる課題を実施し、課題終了後の机上試験において左側への空間性注意の改善が得られたことを報告した。イメージを運動学習や注意機能向上の補助的手段として用いるには、症例がいかに鮮明にイメージできているか否かに左右される。誤ったイメージは、誤った学習を促すことになる可能性があり、その適応と効果の判定には注意を要すると考えられる。本研究では、Niemeierの視覚イメージ課題に加え、より鮮明に視覚イメージの想起が可能になることを考慮した課題を設定し、左側空間への空間性注意機能へ与える影響について検討した。<BR>【方法】対象は、右大脳半球に損傷を呈し、BIT行動性無視検査日本版(BIT)にてUSNを認めた6名とした。被験者は、机上に設置した画面を目視できるように椅子座位をとり、画面上には海を背景にした写真を提示した。課題は、Niemeierの視覚イメージ課題を参考に、画面を見ながら被験者自身が灯台となり、目から光が出て海を照らすことを視覚イメージさせる課題(課題1)とした。さらに、鮮明に視覚イメージを想起させることが可能か検討するために、課題1の視覚イメージ中に画面上に三人称的視点で海を照らす下向きの半円状に灯台の光が出現し、その光を追視させる課題(課題2)と課題1の視覚イメージ中に画面上に一人称的視点で海を照らす上向きの半円状に灯台の光が出現し、その光を追視させる課題(課題3)を設定した。課題前と各課題後にBITにおける線分二等分試験、星印抹消試験を用いて点数化した。統計学的処理は、課題前、各課題後を要因とした線分二等分試験の合計点数、星印抹消試験の中心から左側の抹消率(左側抹消率)を算出して一元配置の分散分析とtukey’s HSD検定を用いて比較し、有意水準は5%未満とした。<BR>【説明と同意】対象者には、本研究の主旨について説明を実施し同意を得た。本研究は、村田病院倫理審査会において承諾を得た。<BR>【結果】線分二等分試験における合計点数は、課題前3.0±3.5点、課題1後3.3±2.9点、課題2後3.3±2.8点、課題3後3.4±2.8点であった。左側抹消率は、課題前45.5±10.5%、課題1後63.2±11.0%、課題2後55.8±12.3%、課題3後69.5±16.6%であった。課題の違いによって左側抹消率のみに変化が生じることが示され(F(3,20)=3.24,p<0.05)、課題1、3後における左側抹消率は、課題前に比較して有意に増加を認めた(p<0.05)。<BR>【考察】今回、課題1、3において灯台がもつ特性が記憶から想起され、左側への空間性注意機能や探索機能が促進されることで課題前に比較して左側抹消率の改善が得られたと考えられた。また、課題前と課題2において有意な差が認められなかったことは、課題2において「違和感があった」と報告する症例もあり、視覚イメージを想起しながら三人称的な視点で追視することによって視覚イメージの効果が干渉された可能性が推察された。今回、鮮明に視覚イメージを想起させることを目的に課題3を設定し検討した。課題3は、課題1、2に比較して左側抹消率の増加傾向を示し一人称的な視点で視覚イメージができていた可能性があるが有意な差は認められなかった。その要因は、被験者が一人称的な視点で鮮明に視覚イメージができていたか否かによる影響と考えられた。一方、自己中心的座標系と物体中心的座標系の関係性や空間的作業記憶などの能力が求められる線分二等分試験には改善が得られなかった。これらのことから、USNに対する視覚イメージを用いた介入は、左側視空間に対する空間性注意や探索機能の拡大に影響を及ぼすことが示唆された。<BR>【理学療法研究としての意義】イメージを用いた介入における今後の課題は、客観的な評価手段や鮮明なイメージを想起させるための治療介入を導き出すことである。今回の結果から、視覚イメージを用いた介入は、USNに対するリハビリテーションの補助的手段として有効であることが考えられた。<BR>
収録刊行物
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- 理学療法学Supplement
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理学療法学Supplement 2010 (0), BbPI2170-BbPI2170, 2011
日本理学療法士協会(現 一般社団法人日本理学療法学会連合)
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詳細情報 詳細情報について
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- CRID
- 1390001205573084800
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- NII論文ID
- 130005016908
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- 本文言語コード
- ja
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- データソース種別
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- JaLC
- CiNii Articles
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- 抄録ライセンスフラグ
- 使用不可