片麻痺患者はいつ頃から思い通りに動けるようになるのだろうか?

DOI
  • 田上 幸生
    独立行政法人国立病院機構 岩国医療センター リハビリテーション科
  • 西尾 幸敏
    葵の園・広島空港

書誌事項

タイトル別名
  • ─オートエスティマティクス(Auto-estimatics)を用いた調査報告─

抄録

【はじめに、目的】 片麻痺患者における随意性の低下は、機能障害として捉えられることが多い。しかし、機能障害の程度が必ずしも活動制限の程度を決定するわけではない。それならば、実際の動作レベルでの随意性、すなわち“どの程度思い通りに動けるのか”、ということを調べることは評価において意義のあることだと言えるだろう。そして一般に随意性の改善というと身体機能の改善をイメージしやすいが、“ある状況ある課題下で、行為者が了解している行為者自身の運動結果”と定義された運動認知の改善による場合もあることを我々はこれまでに報告してきた。つまり“思い通りに動く”ということは身体機能の改善による面と、運動認知の改善による“動き通りに思う”という面が重なり合った現象であると考えられる。今回はオートエスティマティクス(Auto-estimatics; AE)という評価法を用いて、片麻痺患者が跨ぎ動作においてどの程度思い通りに動けるのか、ということを経時的に評価し、健常者との比較において同等と考えられるレベルに達するまでに要した日数について調査したので報告する。【方法】 高次脳機能障害のない片麻痺患者55名(男性35名、女性20名、平均年齢64.3±12.5歳)を対象者群として、歩行訓練開始時からAEの中でも代表的な跨ぎ課題を実施した。AEでは運動認知という概念を取り入れ、パフォーマンスと随意性の両方を一度に評価できる。すなわち、量的にどの程度できたかでパフォーマンスを、質的に思い通りにできたかで随意性を評価する。AE跨ぎ課題の手順は以下の通りである;(1)被験者の爪先に置かれたテープを徐々に遠ざける、(2)被験者は、失敗せずに跨ぎ越せると思う一番遠い距離を見積もる(見積り距離として計測)、(3)被験者は実際にそのテープを跨ぐ(実際距離として計測)。バランスを崩すことなく、見積もった通りに、あるいはそれ以上のパフォーマンスで課題を遂行できれば成功、つまり思い通りに動くことができたと考えられる。AE跨ぎ課題は、1回の評価につき右脚から跨ぐ場合と、左脚から跨ぐ場合の2回実施した。コントロール群として、浦川らによって報告された371名のAE跨ぎ課題の健常者データの中から、今回の対象者群と年齢の近い55名のデータをピックアップした(男性14名、女性41名、平均年齢64.7±6.1歳)。調査期間は歩行訓練開始時から50日間として、対象者群における日毎の課題の成功率をコントロール群と比較した(ただし、休日等により実施していない日があったり、途中で退院となったケースも含んでいる)。統計解析として、クラスカル・ウォリスの検定を行ない、多重比較にはマン・ホイットニーの検定を用い、ボンフェローニの不等式による修正を行なった。【倫理的配慮、説明と同意】 対象者全員に本研究の趣旨を説明し、同意を得た。【結果】 クラスカル・ウォリスの検定結果では有意差があり(p<0.001)、多重比較では歩行訓練を開始した1日目から17日目まで、20日目から24日目まで、30日目および32日目において、コントロール群との間に有意差が認められた(p<0.05)。【考察】 対象者群は歩行訓練開始から18日目で初めてコントロール群と有意差のないレベルでの課題成功率を達成した。しかし20日目からは一旦成功率が低下し、25日目から再び改善を示した。その後2回ほど低下を示すことはあったものの、33日目以後はコントロール群との有意差が無くなった。18日目で改善した成功率が一旦低下し、その後若干の上下動を示したことについては、運動システムが安定していく過程であったと捉えるのが妥当だと思われる。片麻痺という身体の大きな変化によって混乱した運動システムは、段階的に可能な範囲での多様な運動経験をしていく中で世界との関係性を再構築していく。しかし初期の段階では、麻痺自体の改善もさることながら様々な身体リソースの変化が起き、さらに身体リソースの変化につれて新たな運動スキルも創発されていく。このような状況では運動システムも変動しやすく、それが課題成功率の変動につながったのではないかと思われる。【理学療法学研究としての意義】 片麻痺患者がどの程度思い通りに動けるのか、そしていつ頃から思い通りに動けるようになるのか、といったことに関する報告は極めて少ない。今回の結果では、歩行訓練開始から概ね30日前後で、跨ぎ動作に関しては健常者とほぼ同程度に思い通りに動けるようになった、ということが示された。今回の結果だけをもって一般化することはできないが、人の運動システムの特徴を理解する一助となり、目標設定やプログラム立案を行なう際の参考にもなるだろう。

収録刊行物

  • 理学療法学Supplement

    理学療法学Supplement 2011 (0), Ba0299-Ba0299, 2012

    公益社団法人 日本理学療法士協会

詳細情報 詳細情報について

  • CRID
    1390001205573628544
  • NII論文ID
    130004692677
  • DOI
    10.14900/cjpt.2011.0.ba0299.0
  • 本文言語コード
    ja
  • データソース種別
    • JaLC
    • CiNii Articles
  • 抄録ライセンスフラグ
    使用不可

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