頚部の屈曲・伸展角度が咳嗽力におよぼす影響

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抄録

【目的】<BR> 咳嗽反射は、気道に侵入した細菌や異物を排除し、感染や炎症から気道を守る防御システムとして非常に重要である。咳嗽反射の減弱は摂食・嚥下障害を有する患者にとって誤嚥性肺炎の素因となり、誤嚥性肺炎は日常生活活動(以下、Activities of Daily Living:ADL)を低下させ、長期臥床による廃用症候群を引き起こし、リハビリテーションの進行を阻害する。誤嚥性肺炎の予防には、臥床時は頚部屈曲位のポジショニングが推奨されている。しかし、咳嗽力を十分に発揮できる頚部の角度についてはまだ不明である。<BR> 本研究では、臥床時に咳嗽力を十分に発揮することができる頚部の角度を明らかにすることを目的とし、頚部の角度が咳嗽時の最大呼気流速(以下、Peak Cough Flow:PCF)におよぼす影響について最初に健常成人を対象とした調査を行った。<BR>【方法】<BR> 対象は、呼吸器疾患の既往のない健常成人20名(男性9名、女性11名、平均年齢25.5±3.2歳)とした。PCFの測定は、電子式診断用スパイロメータ(ミナト医科学社製)にフェイスマスクを接続して行った。測定方法は、対象者の口と鼻をフェイスマスクで覆い、できるだけ大きく息を吸った後、最大限の力で随意的な咳嗽を行うように指示した。測定肢位は背臥位とし、頚部の角度は屈曲45°・30°・15°、屈伸0°、伸展15°・30°とした。測定は疲労が影響しないように、3回ずつランダムに行い、休息時間は同角度で30秒、角度変更時に60秒とした。分析対象の値は、各角度の最大値とした。統計処理にはStat View 5.0を使用し、各角度間における平均値の差の検定は反復のある分散分析を行い、多重比較はBonferroni法を実施した。有意水準は危険率5%未満とした。<BR>【説明と同意】<BR> 全ての対象者には事前に本研究の目的と方法を説明し、理解を得たうえで同意を得た。<BR>【結果】<BR> PCFの平均値は、頚部屈曲45°483.4±122.1L/min、屈曲30°485.5±121.5L/min、屈曲15°496.4±124.9L/min、屈伸0°507.5±137.0L/min、伸展15°510.8±132.3L/min、伸展30°502.5±135.5L/minであった。頚部の各角度間の比較では、屈曲45°と屈曲0°(p<0.01)、屈曲45°と伸展15°(p<0.01)、屈曲30°と伸展0°(p<0.01)、屈曲30°と伸展15°(p<0.01)、屈曲45°と伸展30°(p<0.05)、屈曲30°と伸展30°(p<0.05)で有意差を認め、屈伸0°や伸展群よりも屈曲群で平均PCFが低かった。<BR>【考察】<BR> 本研究の結果、誤嚥性肺炎の予防に推奨されている頚部屈曲位のポジショニングは、咳嗽に必要な呼気流速を十分に得ることができなかった。誤嚥予防に効果的な頚部の角度は屈曲位であるが、咳嗽に効果的な角度は、頚部を屈伸0°から伸展位にした状態であり、咳嗽時のポジショニングと誤嚥予防のポジショニングは使い分ける必要があると考えられた。<BR> 咳嗽は強調的で十分な出力を持った胸郭筋群の活動と十分な吸気が必要である。頚部を屈伸0°から伸展位にすることで、強制吸気筋である胸鎖乳突筋や斜角筋群の長さが屈曲位よりも伸張された状態になり、張力を発揮しやすくなる。胸鎖乳突筋や斜角筋群は張力が増大した状態となり、吸気時に胸郭・鎖骨の挙上や第1・2肋骨の挙上が大きくなることで胸郭を拡張でき、十分な吸気を得ることができる。頚部伸展位は、咽頭と気管の角度が小さくなり気管の入り口が広がることで、気道抵抗が小さくなる。気道抵抗が小さくなることは、呼出量を増大させ、PCFが高くなったと考える。<BR> 頚部屈伸0°から伸展15°の角度は、頚部屈曲位よりもPCFが高いため、体位ドレナージや呼吸介助により中枢気道まで移動してきた気道分泌物を効果的に喀痰することができる肢位であることが示唆された。今回の研究は、健常成人を対象としたデータである。今後は健常高齢者や摂食・嚥下障害を有する患者のデータについて検討を行い、データを蓄積する。<BR>【理学療法学研究としての意義】<BR> 今回は、誤嚥性肺炎の予防に重要な咳嗽力について、健常成人を対象にした検討を行った。誤嚥性肺炎の予防は、医師が全身管理を、看護師や歯科衛生士が口腔内の衛生管理を、言語聴覚士が機能訓練を、作業療法士が食事などのADL練習を行っている。理学療法士に求められるものは、ポジショニングや咳嗽を含む呼吸管理であり、積極的な関わりが必要である。咳嗽やポジショニングのデータを蓄積することで、誤嚥性肺炎の予防に関わる多職種間の共通認識をチームで高め、誤嚥性肺炎の予防に貢献する。

収録刊行物

  • 理学療法学Supplement

    理学療法学Supplement 2010 (0), AdPF2006-AdPF2006, 2011

    公益社団法人 日本理学療法士協会

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詳細情報 詳細情報について

  • CRID
    1390001205573716352
  • NII論文ID
    130005016745
  • DOI
    10.14900/cjpt.2010.0.adpf2006.0
  • 本文言語コード
    ja
  • データソース種別
    • JaLC
    • CiNii Articles
  • 抄録ライセンスフラグ
    使用不可

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