正座時の膝痛および可動域制限に閉鎖神経障害の関与が考えられた一症例

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抄録

【はじめに,目的】膝関節の可動域制限因子の一つに疼痛が挙げられるが,その原因は様々であり,詳細に評価し鑑別していく必要がある。近年,閉鎖孔部での圧痛所見を認める症例に対し,閉鎖神経ブロックを施行することで下肢の諸症状が改善されたという報告が散見される。今回,股関節周囲筋の機能改善により膝内側部痛および可動域制限が改善し,正座が可能となった一症例を経験した。なお,膝関節への直接的な治療は行っていない。本報告の目的は,本症例の疼痛の発生機序と病態考察に有用であった所見および治療について報告することである。【方法】対象は70歳代の女性で,診断名は変形性膝関節症であった。約3ヶ月前に畑仕事をしたことを契機に右膝痛が出現し,歩行困難となった。自宅にて「腰を捻るような体操」をしたところ右膝痛は軽減し,歩行や階段昇降は可能となったが,膝の可動域制限が残存していたため,当院を受診し運動療法を開始することとなった。主訴は膝屈曲時の膝内側部痛のために正座ができないことであった。可動域は伸展-5度,屈曲135度であった。膝周囲での圧痛は認めなかったが,膝窩部(脛骨神経)や閉鎖孔部,梨状筋に強い圧痛を認めた。股関節屈曲90度での内旋(以下,F-IR)が5度,股関節屈曲90度での内転(以下;F-AD)が0度と著明に制限されており,この時大腿内側に筋痙攣が出現した。既往として腰椎椎間板ヘルニアがあり,十数年来の足部のしびれや,下肢の筋痙攣(主に大腿内側と下腿後面)の出現も訴えていた。初回治療は,閉鎖神経および坐骨神経の緊張を緩和する目的で股関節外旋筋群のリラクセーションを実施した。また,セルフケアとして閉鎖孔部の軽いマッサージを指導した。2回目には上位腰椎部の後弯是正を目的として背臥位での自動伸展エクササイズを追加した。【倫理的配慮,説明と同意】当該患者には本報告の趣旨を説明し,書面にて同意を得た。【結果】初回治療後,閉鎖孔部や梨状筋の圧痛は軽減し,下肢全体が軽くなるという感覚が得られた。膝に対する治療は実施していないにもかかわらず,屈曲は全可動域可能となり,正座も患側への荷重は不十分なものの可能となった。治療3回目(7日目)には来院時に正座が可能となっており,閉鎖孔部や梨状筋などの圧痛は消失し,F-ADは20度,F-IRは35度で,大腿内側部の筋痙攣も出現しなかった。また正座時の患側への荷重は視診上,増加していた。治療5回目(28日目)まで経過観察したが,症状の再発はなく,運動療法を終了した。【考察】膝屈曲時の膝内側部痛には膝内側組織の伸張性低下が関与していることが多いが,本症例においては膝関節包の上内側部を支配する閉鎖神経の絞扼性神経障害が関与しているものと考えられた。井上らは,閉鎖神経絞扼障害に対する外閉鎖筋ブロックが有効であった例において,閉鎖孔部の圧痛所見が特徴的な所見であったとしている。本症例の疼痛も膝内側部を中心としており,閉鎖孔部に著明な圧痛を認めたことから閉鎖神経障害の関与が疑われた。また,大腿内側部の筋痙攣が股関節の動きによって再現されたことから,股関節レベルで閉鎖神経が障害されている可能性が考えられた。閉鎖神経は内閉鎖筋の前上方で閉鎖管を通過し,前枝と後枝に分岐する。前枝は恥骨筋と外閉鎖筋の間を走行し,後枝は外閉鎖筋を貫通し,大腿へ至る。平野らは,股関節90度屈曲位において,内旋を加えると外閉鎖筋が,内転を加えると内閉鎖筋が強く伸張されたと報告しており,F-IRやF-ADはこの二筋の伸張による閉鎖神経絞扼を強める肢位であると推察される。正座時には股関節が屈曲位となるため,この二筋が伸張されることで閉鎖神経の絞扼が発生し,そのうえ膝関節屈曲により関節包が伸張され,膝内側部痛が出現し,正座を制限していたものと推察した。内・外閉鎖筋の緊張を緩和させることで,股関節屈曲域における閉鎖神経の絞扼が解除され,膝内側部痛の消失および可動域制限の改善につながったものと考える。【理学療法学研究としての意義】股関節周囲での神経絞扼障害によって膝関節可動域制限が引き起こされる可能性が示唆された。神経通過部位での圧痛所見や股関節の肢位変化によって神経障害の関与を判別できるものと考えられる。膝関節に疼痛を伴う可動域制限を認めた場合,閉鎖神経障害が関与しているか否かを鑑別するために有用な所見ならびに治療法であると考える。

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