細菌性肺炎により喀痰排出困難となった脳性麻痺患者に対する機械的咳介助装置の使用経験

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【はじめに,目的】近年,自己喀痰排出が困難である重症心身障害児・者の排痰に,機械的咳介助が行われている.機械的咳介助装置は平成22年度より神経筋疾患患者を対象に医療保険適応となり,平成24年度からは脳性麻痺など他疾患への適応が拡大された.今後は脳性麻痺患者への使用拡大が予測されるが,現在では筋ジストロフィー症例に対する使用の報告がほとんどであり,脳性麻痺症例に対する使用の報告は極めて少ない.また,一般的に機械的咳介助装置は気管切開の時期を遅らせる目的で使用されるが,気管切開症例での使用報告は散見される程度である.今回,我々は肺炎による入院時に早期に機械的咳介助装置を導入し,喀痰排出に有効であった気管喉頭分離術後の重症脳性麻痺症例を経験したので報告する.【方法と結果】症例は細菌性肺炎で入院となった脳性麻痺患者(21歳,男性)である.7年前に嚥下障害により気管喉頭分離術を施行し,現在は重度知的障害により意思疎通困難である.入院前夜より39度台の発熱を認めX日に入院,入院前は夜間のみ人工呼吸器導入されていたが,入院時より酸素化不良の為24時間酸素投与,人工呼吸器管理となった.その際の胸部X線画像では明らかな肺炎像は認めなかったが,X+2日に呼吸状態悪化,胸部CT画像にて右肺,及び左上葉に気管支含気像を伴う浸潤影を認めた.クラビット,アンビバが投与されていたものの40度台の熱発が続き,時折痰の閉塞が原因と思われるSpO2の低下を認めていた.病棟での体位管理は,右30°程度の側臥位と背臥位のみでの体位変換を行っており,気管内吸引時,医師,看護師による呼吸介助を施行していたが充分な排痰には至らなかった.X+4日に喀痰排出促進の目的で理学療法開始となった.開始時には,視診にて吸気時肋間陥没著明,聴診にて右肺背側肺胞呼吸音減弱~消失,左肺上葉~中葉に水泡音が聴取され,胸部CT画像の肺炎像とほぼ一致した.本症例は左凸の高度側弯により側臥位は困難,両下肢関節拘縮,気管切開チューブの突出により腹臥位管理も困難であり,背側改善が困難であると判断した.胸郭を前後より把持するような形で呼吸介助実施するも扁平胸郭の為に有効な換気量の増大が得られず,1時間の実施で漿液性の痰が少量引けるのみであった.以上より,体位ドレナージや呼吸介助以外の方法で喀痰排出を促進させる必要があったため,機械的咳介助装置の導入を試みた.カフアシスト(philips・respironics社製)を用い,設定は吸気:呼気:ポーズを1.5秒:1.5秒:1秒,吸気圧,呼気圧ともに30cm H2Oとし,5呼吸1セットとして一日に3–5セット,呼吸介助を併用して行った.使用の際は医師,看護師,理学療法士が立ち会った.使用開始後数日間は1セットごとに気管切開部からの多量な喀痰排出が得られ,容易に吸引可能であった.導入時は心拍数の上昇,軽度のSpO2低下が見られたが徐々に改善した.X+13日には痰は著明に減少したが,引き続き気道クリアランスの維持,胸郭拡張の目的で継続的な介入を行った.その後,間質性肺炎を発症しステロイドパルス療法を開始したため入院が長期化したが,X+46日の胸部CTでは肺炎像は改善しておりX+52日に退院となった.【倫理的配慮,説明と同意】症例の母親に本報告の主旨を説明し,同意を得た.また,カルテから得た情報は,個人が特定できないよう匿名化し,データの管理に十分注意を払った.【考察】重症脳性麻痺患者は高度の関節変形・拘縮を来しており,良肢位でのポジショニングや体位ドレナージが困難である.また,徒手的な排痰手技のみでは排痰に長時間を要することや良好な排痰が得られにくい.本来,機械的咳介助装置は陰圧開始と咳嗽を同期させる事により効果的な排痰が可能であるが,一方で自発呼吸が残存する場合にはファイティングが問題となると報告されている.本症例では咳嗽の同期は困難であったが自発呼吸が微弱であるため、ファイティングが問題とならずスムーズな導入が可能であったと考える.また,寝たきりの脳性麻痺患者では上気道閉塞性換気障害が併発しやすく,陰圧負荷による気道閉塞により排痰効果が減弱する可能性が考えられる。しかし本症例は気管喉頭分離術後、気管切開チューブ挿入後であったことから,上気道閉塞はなく排痰効果が得られた可能性がある.以上の事から,本症例には機械的咳介助装置の積極的な使用が可能であったと考える.【理学療法学研究としての意義】重症脳性麻痺症例の喀痰排出は困難であるが,機械的咳介助装置を併用する事で容易に喀痰排出が得られた経験から,呼吸理学療法において早期より積極的に機械的咳介助装置を導入する事の有用性を示す事が出来た.

収録刊行物

  • 理学療法学Supplement

    理学療法学Supplement 2012 (0), 48101286-48101286, 2013

    日本理学療法士協会(現 一般社団法人日本理学療法学会連合)

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