悪液質による筋萎縮に対する抗酸化物質を用いた栄養サポートの予防効果

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抄録

【はじめに,目的】癌や心臓病,敗血症等の疾患では病期の進行に伴い悪液質を合併する。この状態では全身的に腫瘍壊死因子や炎症性サイトカインが増加する。これらによって骨格筋では筋タンパク質分解が亢進し,萎縮が生じる。この筋タンパク質分解の増悪因子として,活性酸素種(ROS)が挙げられる。ROSは本来,免疫系において重要な役割を担っており,生体にとって不可欠なものであるが,過剰に産生された場合には細胞死を誘導するなど,様々な悪影響を及ぼす。悪液質によって誘発される筋萎縮では,ROSが炎症反応を増悪させるとともに,萎縮誘導タンパク発現のシグナル伝達の促進因子としても作用し,筋タンパク質分解を亢進させる。一方,抗酸化物質はROS除去能を有し,様々な物質が報告されている。その中でアスタキサンチンは強力な抗酸化作用を有するとともに,酸化促進物になりにくいなど,他の抗酸化物質と比べ効率的にROSを除去することが可能である。そこでアスタキサンチンを予防的に摂取することにより,炎症反応により誘導される過剰なROSを除去することで,筋タンパク質分解の亢進を抑制し,筋萎縮を予防できると考えた。本研究ではマウス骨格筋細胞(C2C12細胞)に対してリポ多糖(LPS)を添加することにより炎症反応を生じさせ,筋萎縮を惹起させるin vitroモデルを用いて,アスタキサンチンによる筋萎縮の予防効果を検証した。【方法】C2C12細胞をplate上に播種し,増殖培地(DMEM,10%FBS)で培養した。90%コンフルエント時に培地を分化培地(DMEM,2%HS)へ変更し,6日間の培養により筋管細胞へと分化させた。分化を確認後,無介入の対照群(Cont群),LPSのみを添加した群(LPS群),LPS添加に対して3時間前にアスタキサンチンを100μMで予防的に添加した群(LPS+Ast群)に区分し,介入を行った。LPS添加から2時間後の細胞からmRNAを抽出し,TaqManプローブによるリアルタイムPCR法を用いてAtrogin-1のmRNA発現量を定量化した。さらに,LPS添加から48時間後の細胞径を測定した。得られた結果の統計処理には一元配置分散分析とTukeyの多重比較検定を用い,有意水準は5%未満とした。【倫理的配慮,説明と同意】本研究は,相手方の同意や協力を必要とする研究,および個人情報の取り扱いの配慮を必要とした研究ではない。ただし,所属施設における規則等を遵守した上で実施した。【結果】LPS添加後のAtrogin-1mRNAの発現量はLPS群ではCont群に比較して有意に高値を示し,LPS+Ast群ではLPS群に比較して有意に低値を示した。また,細胞径は,LPS群ではCont群に比較して有意に低値を示し,LPS+Ast群ではLPS群に比較して有意に高値を示した。【考察】本研究において,アスタキサンチンを予防的に添加することで,Atrogin-1mRNAの発現量の増加が抑制され,さらに細胞径の減少も抑制された。悪液質により誘導される筋萎縮は,主に筋特異的タンパク分解経路であるユビキチン-プロテアソーム系の活性が上昇することで誘導される。この系において,Atrogin-1は筋特異的ユビキチンリガーゼの一つであり,分解の標的となるタンパク質をユビキチン化することで,プロテアソームによる分解を生じさせる。そのため,悪液質により誘導される筋萎縮を予防するためには,Atrogin-1の過剰発現を抑制することが必要である。一方,ROSは炎症反応とAtrogin-1発現双方の促進因子として作用する。本研究ではアスタキサンチンの予防的添加によってROSが除去され,悪液質による炎症反応の増悪とAtrogin-1の過剰発現が抑制されたことで,筋タンパク質分解の亢進が抑制されたと考える。本研究の結果から,アスタキサンチンを予防的に摂取することによって悪液質によるAtrogin-1の過剰発現を抑制し,筋萎縮を予防できる可能性が示唆された。【理学療法学研究としての意義】抗酸化物質による栄養サポートで悪液質による筋萎縮が抑制できるということは,悪液質を生じる癌,心臓病,敗血症等の疾患における患者の筋力低下・筋持久力低下を防ぐ可能性を示唆している。本研究の結果から悪液質に対する,より効率的な理学療法の実施につながると考える。

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