男女共修家庭科の教科論とその成立過程

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タイトル別名
  • The Theory of Coeducational Home Economics and Process of its Establishment
  • -in HIgh School in Kyoto Prefecture in 1970s-
  • 1970 年代の京都府の高等学校

抄録

【目的・方法】<BR>  高等学校家庭科男女共修の源は、1960年代から1970年代の京都の高校である。家庭科の男女共修という実践は日本教育史上重大な課題を提起している。だれでもがすぐ想起するのは学校の教育課程における男女平等の課題である。しかし、それだけではない。教師による教科内容の自主的編成とそのプロセスについての課題である。つまり、男女共修家庭科の実践や運動は、男女平等の制度のみならず、教師集団によるカリキュラムの問い直しであり、そのプロセスの創造でもあった。ところで、男女共修家庭科と、女子のみ履修家庭科は、その教科論において全くことななるものであるにもかかわらず、制度として男女共修が実施されて年月を経ている間に、家庭科関係者の間で男女共修家庭科論が必ずしも自覚されているとは言えない状況にあるように思われる。無論、男女共修家庭科論という一つの見解が確立しており、それが家庭科関係者の間で共有されてきたわけではないが、今一度、男女共修家庭科はどのような教科論をもっていたのか、立ち返る必要があると考える。<BR>  本研究は、京都府において、どのような家庭科論が展開され、そのことが男女共修という制度の要求とどのように関連したか、さらにそれを可能にしたプロセスを合わせて考察するものである。方法として、京都府における男女共修家庭科の実現に取り組んだ「京都府立家庭科研究会」の取り組みに関する資料等の分析や、それに関わった教師達への面接調査等により、男女共修家庭科論の教科論とそプロセスを考察する。<BR> 【分析・考察】<BR> (1)家庭科教育への悩み<BR>   「教科書通りにやっていては生徒がついてこない」「いままでの家庭科は一定水準の人達の暮らしで絵空事ではないか」「あるべき理想像を教え込もうとしている」等々の悩みは、やがて「現実の生活の問題を家族・家庭生活のあり方と社会とのかかわりで考えさせたい」「生活を縦と横から見る」という「生活を科学的に認識する」教科の方向へ向かわせた。<BR> (2)日本教職員組合の教育研究集会への参加<BR>   当時は、ほとんどの教員が日本教職員組合の組合員であり、毎年開かれる教育研究集会に参加した教師により、そこでの討論内容が持ち帰られた。<BR> (3)生徒達の声<BR>  「女子だけが家庭科というのはおかしい」という女生徒や、選択授業での家庭科に対する男子の積極的な反応、また、複数の学校での生徒大会で「家庭科の履修問題」を取りあげるなど、戦後の民主的教育の成果が生徒の中に育っていた、そのことは、教師たちに、男女共修の方向に確信を持たせることになった。<BR> (4)男女共修家庭科への批判から理論構築へ<BR>   「社会科だ」「座学だ」との批判や男女共修家庭科の方向への批判は、まず、固定的な家庭科に依拠する家庭科教師達の中にあった。しかし、継続的な実践交流を重ねていく中で、「家庭科教育の本質」「機能」「領域」「方法」の4つの柱で家庭科の教科論をまとめ上げることになった。(1973) そこには、家庭科の「本質」は生活を科学的に認識することであり、その「機能」は、家庭生活(地域生活)の民主化に寄与し、生活変革の具体的、実質的な能力を養うこととある。

収録刊行物

詳細情報 詳細情報について

  • CRID
    1390001205595692160
  • NII論文ID
    130006962797
  • DOI
    10.11549/jhee.51.0.58.0
  • 本文言語コード
    ja
  • データソース種別
    • JaLC
    • CiNii Articles
  • 抄録ライセンスフラグ
    使用不可

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