半側空間無視患者の車椅子駆動における聴覚刺激の効果

説明

【はじめに】<BR> 歩行能力が不十分な片麻痺患者の多くは、車椅子を移動の補助手段として使用している。しかし、半側空間無視(以下、USN)患者の車椅子駆動による移動は障害物に衝突して非実用的であることが多い。車椅子による移動は患者のADL拡大に重要であり、自力による車椅子駆動はADLのさらなる拡大を促す。<BR>【目的】<BR> USN患者の車椅子駆動へのアプローチは、空間を如何に認識させるかが重要になる。今回、左USN患者の車椅子駆動時において、聴覚刺激を加えることが、左側の障害物を回避する因子となりうるか否かを検討した。実験結果について若干の考察を加え、報告する。<BR>【対象】<BR> 対象者は、 Behavioural Inattention Test [BIT](行動性無視検査の通常検査)、または、ADL上で左USNが陽性と認められた右利きの右中大脳動脈領域の血管障害4例である。全例非麻痺側での車椅子駆動が可能、性別は男性3名、女性1名平均年齢65.5歳である。補助検査としてリオン製オージーメーターAA-55を使用し、標準純音聴力検査も実施した。その結果、1000Hzにて35dB以内で左右の音判別が可能であり今回の走行テスト実施上の問題はなかった。<BR>【方法】<BR> 方法は、車椅子に障害物との距離感をブザー音で知らせる対物センサーを取り付けて走行テストを実施した。<BR> 対物センサーは、デンソー中部社製の超音波式センサーである。対物センサーの有効範囲は60cmに設定した。ブザー音は、障害物へ近づくに従い断続音から連続音に変化するように設定し距離感の認識を補助した。音量は比較的大きい90dBとし、聴覚刺激を入力しやすくした。<BR>センサーの取り付け位置は車椅子の左フロントパイプ下方部、ブザーは左スカートガード外側部とした。これは、全症例が左右の音判別が可能であったことから、左側方向からの聴覚刺激により左空間への認識を高める為である。コントローラーとバッテリーはバックレスト後部のポケットの中に収納した。<BR> 走行コースは直線10mの幅1mとし、障害物は左右2メートル間隔に6ヶ所設置した。障害物は高さ31cm幅8cmの比較的視覚刺激の少ない透明の容器を使用した。<BR> 対象者へは走行テスト実施前に、1.左右にある障害物の間を「普段の駆動スピードで通り抜けるように」2.「ブザーが鳴ったら右に回避するように」と説明した。走行テストは、センサー取付有り・無し時の〔1〕所要時間、〔2〕障害物に衝突した頻度、〔3〕回避した頻度を測定し比較した。 今回の実験において、「回避した頻度」とは障害物に衝突する前に回避した行動をとったものと定義した。また、走行テスト終了後にセンサー付きの車椅子駆動についての感想を聴取した。<BR>【結果】<BR> 所要時間は、センサー無しが平均26.6秒、センサー有りが平均26.8秒であった。センサー有りが0.2秒長くなった。<BR> 衝突頻度は、センサー無しが平均3ヶ所、センサー有りは平均1.25ヶ所であった。センサー有りが、半数以下の衝突頻度となった。全例においてセンサー有無にかかわらず右の障害物への衝突はなかった。回避した頻度は、センサー無しが平均2回、センサー有りが平均4.25回で有意差が認められた。全例とも左の障害物を回避した際右の障害物に衝突することはなかった。<BR> ブザー音に反応して左方向に視線を向け障害物を回避する行動や走行コースの左側に偏位して駆動する行動が観察された。<BR> センサー付きの車椅子駆動についての感想は、「障害物が衝突する前にわかった」、「ブザーの音が大きくびっくりした」が主であった。<BR>【考察】<BR> 従来、左USN患者の車椅子駆動へのアプローチは、口頭指示にて無視する障害物へ視覚注意を促すことが主であったが、有効的な結果を得たとの報告は少ない。左USN患者に特徴的な病識の欠如は、左USNを持続させる原因ともなっている。センサーの発するブザー音が聴覚刺激として入力されることにより無視行動が非持続化され、無視に対しての自覚を促すことが可能となった。センサー付きの車椅子駆動の所要時間が長くなったのは、左の障害物に対しての注意が喚起され衝突しないようにと慎重に駆動した結果と考える。走行コースの左側に変位して駆動することが観察されたが、左USN患者が右側の障害物に多くの視覚注意を払っており、自己の位置と左右障害物間の空間軸上の配分がとれていないと考える。<BR>【まとめ】<BR> 今回のテスト走行により、視覚情報のみでは障害物の回避が不可能であった者も、障害物をセンサーが感知し発する聴覚刺激により障害物を視認することが促され回避することを確認した。今後さらに症例数を増し、聴覚刺激が左USN患者の空間認知機能の改善に効果があることを実証したい。

収録刊行物

詳細情報 詳細情報について

  • CRID
    1390001205625649920
  • NII論文ID
    130006985848
  • DOI
    10.11496/kyushuptot.2004.0.118.0
  • ISSN
    24238899
    09152032
  • 本文言語コード
    ja
  • データソース種別
    • JaLC
    • CiNii Articles
  • 抄録ライセンスフラグ
    使用不可

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