多巣性運動ニューロパチーを合併したパーキンソン病の一症例

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  • -高度の姿勢異常・歩行障害に対するアプローチ-

抄録

【はじめに】今回、パーキンソン病患者において多巣性運動ニューロパチーを合併し、左上肢の運動麻痺、高度の姿勢異常及び歩行障害を呈した患者の理学療法を経験した。体幹機能を中心としたアプローチ後に、姿勢及び歩行障害の改善を認めたので報告する。<BR> 【症例紹介】 7年前にパーキンソン病と診断された64歳男性。構音障害や前傾姿勢は徐々に増悪傾向、Hoehn-Yahr分類は_III_であった。2年前に突然左上肢の運動麻痺が出現した。その後、立位・歩行障害も増悪したため入院となり、理学療法が開始となった。<BR> 【初期評価】立位時、脊柱は左凸側弯、頸部から体幹にかけ右側屈・回旋・軽度屈曲位で、重心は正中線より右に大きく偏位していた。左肩甲骨は下制・下方回旋・後退、右肩甲骨は挙上しているが、体幹右側屈のため左肩の方が高位となっている。左上肢は内転位で歩行時に前後方向への腕の振りは見られなかった。歩行開始及び方向転換時に軽度のすくみ足を認めた。筋緊張は、右胸鎖乳突筋、僧帽筋、後頭下筋群、斜角筋、肩甲挙筋、広背筋、脊柱起立筋及び腹筋群の筋緊張が亢進していた。左僧帽筋、大胸筋、腹筋群、大・中殿筋の筋緊張は低下していた。右頸部筋群と右大腿筋膜張筋に短縮を認めた。神経伸張検査は、両側正中・橈骨・尺骨神経で陽性であり、特に左伸張時に手指のしびれと鈍痛が強く出現していた。筋力は、MMT上肢右5、左2レベル、下肢右5、左4 、握力は右21kg・左0kgであった。Functional Balance Scale(以下FBS)は56点中38点であった。10m歩行スピードとケイデンス(測定2回の平均値)は、それぞれ24.0秒、82.5steps/minであった。<BR> 【理学療法】頚部から肩甲帯の筋緊張のアンバランスに対し、両上肢の神経モビライゼーションを行いながら、右頚部筋群の伸張運動を行った。続いて、左肩甲帯から体幹の低緊張に対しては、神経生理学的アプローチにより肩甲帯をprotractionさせながら体軸内回旋を誘導し、腹筋群の活性化を図った。立位、歩行については、段差を使用してのステップ肢位にて殿筋や腹斜筋群の活性化を促した。同時に上肢の神経モビライゼーションを併用し、下部体幹から骨盤帯の固定性を高めながら、上部体幹の回旋要素を誘導した。治療時間は40分(1回/日)、計22回行った。<BR> 【説明と同意】本学会への投稿の趣旨を口頭にて十分に説明し、同意を得た。<BR> 【結果】体幹の右側屈は改善しほぼ正中位となった。頚椎から上位胸椎の側弯及び左肩甲骨の下制・下方回旋は残存したが、胸椎から腰椎にかけての側弯は改善した。筋緊張は、左右差は認めるものの、低下していた左僧帽筋、大胸筋、腹筋群、大・中殿筋などの筋緊張は改善を示した。上肢の神経伸張検査時に認めたしびれと鈍痛も消失した。右頸部筋群と右大腿筋膜張筋に認めた短縮も左右差はわずかに認めるが改善した。筋力は左上肢4レベル、左下肢5にまで改善し、握力は左4kgとなった。FBSは53点と立位バランスの改善を認めた。10m歩行スピードとケイデンスは、それぞれ11.0秒、114.5steps/minと改善を示し、すくみ足も出現しなくなった。<BR> 【考察】パーキンソン病患者の姿勢異常は、歩行障害に関連する重要な問題である。本症例は筋緊張の左右差に加え、左肩甲帯から上肢の運動麻痺の出現が左右非対称性をより強める結果になったと考えられる。今回、神経モビライゼーションと神経生理学的アプローチにより神経、皮膚、筋、腱などの可動性の改善及び感覚入力の促通に加え、頸部から骨盤帯までのアライメント及び筋緊張の正常化により左右非対称性の是正が可能となった。ステップ肢位でのアプローチは、筋・筋膜連結も考慮し殿筋や腹斜筋群を促通しながら、体幹の回旋要素を誘導した。このアプローチが歩行時の体軸内回旋と立脚中期以降の支持性および運動性を促し、歩行能力向上に寄与したと考えられる。これは歩行発現に際し体幹から骨盤帯の感覚入力を促すことで、随意的制御のみならず大脳基底核-脳幹系という、歩行のリズム形成に関わる自動性を引き出せたのではないかと考える。<BR> 【理学療法研究としての意義】パーキンソン病の歩行障害に対するアプローチにおいて、立ち直り、平衡反応に必要な体幹の選択的運動の獲得が不可欠である。姿勢調節障害に対する今回の治療アプローチは、姿勢異常・歩行障害の改善に有効であり報告に値するものと考える。

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詳細情報 詳細情報について

  • CRID
    1390001205674650624
  • NII論文ID
    130007007510
  • DOI
    10.14902/kinkipt.2010.0.76.0
  • 本文言語コード
    ja
  • データソース種別
    • JaLC
    • CiNii Articles
  • 抄録ライセンスフラグ
    使用不可

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