健常者の座位でのファンクショナルリーチテストにおける体幹上部、骨盤の加速度変化

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抄録

【目的】<BR>  我々は先行研究で、有料老人ホーム入居者である要支援、要介護高齢者を対象に歩行能力と座位でのファンクショナルリーチテスト(以下FRT)との関係を検討した。その結果、座位でのFRTでは到達距離だけでなく骨盤前傾の有無を併せて評価することで、歩行が可能か否かを知るための一つの指標になりうることが明らかとなった。そこで今回は、座位でのFRTにおける骨盤の前傾運動に着目し、健常者を対象として骨盤と体幹上部の加速度変化について検討した。<BR> 【方法】<BR>  対象は、健康状態、身体機能に問題のない健常成人20名(男性13名、女性7名)とした。測定は、加速度センサー(ユニメック社製)を用いて、座位でのFRTにおける骨盤と体幹上部の加速度変化を記録した。加速度センサーは、体幹上部については胸骨柄、骨盤については仙骨上左右の上後腸骨棘の中間に各々配置した。被験者には座面高を下腿長に設定した背もたれのない座面高調整可能な台上で、大腿中央部が台の端に位置するように端座位をとらせた。そして、両上肢を前方に伸ばした肢位(両肘関節伸展0度、両肩関節屈曲90度)を開始姿勢として座位でのFRTを行わせた。その際、前方に目印を設け、動作中を通じて両上肢が床面と平行となるようにさせた。実際の測定は、個々の最大到達点までの動作を2秒で終了するもの(以下、2秒リーチ)と1秒で終了するもの(以下、1秒リーチ)の2種類の動作速度で行った。各速度における座位でのFRTをそれぞれ3回ずつ実施し、前後方向の加速度を記録した。なお、加速度波形はサンプリング周波数60Hz、カットオフ周波数6Hzにて記録し、加速度の立ち上がり潜時と最大値を算出した。<BR> 【説明と同意】<BR>  本実験に際し、被験者には本実験の意義と目的、方法について十分な説明を行い、同意を得た。<BR> 【結果】<BR>  前後方向の加速度の立ち上がり潜時については、前方、後方の順に1秒リーチでは体幹上部0.91秒・0.49秒、骨盤0.81秒・0.61秒で、2秒リーチでは同様に1.04秒・0.56秒、0.94秒・0.61秒であった。つまり、体幹上部、骨盤ともに前方への加速度の立ち上がり潜時が後方への加速度と比較して有意に長かった(p<0.01)。また、1秒リーチ、2秒リーチの双方で骨盤における前方加速度の立ち上がり潜時は体幹上部と比較して有意に短かった(p<0.01)。前方への加速度の最大値は、1秒リーチでは体幹上部8.55m/s2、骨盤4.96m/s2であり、2秒リーチでは同様に7.12m/s2、5.37m/s2であり、1秒リーチ、2秒リーチともに骨盤と比較して体幹上部で高値を呈した(p<0.01)。<BR> 【考察】<BR>  本実験で設定した健常者における座位でのFRTでは、(1)体幹上部、骨盤ともに前方への加速度が発生する前に、一旦後方への加速度が発生すること、(2)体幹上部に先立って、骨盤部で前方への加速度が発生すること、(3)加速度の値は骨盤部よりも体幹上部で大きいこと、の3点が明らかとなった。(1)については、運動を始めた直後に開始姿勢を保持していた種々の筋活動が解除されたことによって後方への角運動量が発生した可能性があると考えられた。(2)については、骨盤の加速度発生には体幹上部の影響ではなく、骨盤から股関節周囲、大腿部の筋群が関与していることを示唆する結果と考えられた。また、この結果は骨盤の前傾運動が重要であるという当初の仮説を支持するものであった。(3)については、合目的的な体幹の前方への運動のために、体幹上部は骨盤よりも長い距離の移動を要したことによるものであり、角運動量保存の法則に従った結果であると考えられた。なお、本実験は体幹上部と骨盤に発生した加速度について検討したものであり、各部位の運動については、その変位を含めた計測により精査していく必要がある。<BR> 【理学療法研究としての意義】<BR>  今回の結果から、歩行の獲得を目的として座位での前方への到達動作を上肢帯の介助によって行う場合に、体幹上部の運動をきっかけとして骨盤運動を誘導する介入は誤っている可能性があることを示すものである。体幹や骨盤の前傾運動に先立って、各部位に発生している加速度の様相は動作時における筋活動の促通や動作介助にとって有用な情報を提供できるものであると考えられる。

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詳細情報 詳細情報について

  • CRID
    1390001205676574848
  • NII論文ID
    130007008049
  • DOI
    10.14902/kinkipt.2010.0.44.0
  • 本文言語コード
    ja
  • データソース種別
    • JaLC
    • CiNii Articles
  • 抄録ライセンスフラグ
    使用不可

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