宮古島における歴史地震と遺跡で確認された津波堆積物
書誌事項
- タイトル別名
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- The historical earthquake and tsunami deposits at the archeological sites in Miyakojma Island
抄録
宮古島に被害をおよぼした地震被害としては,1771年(明和8年)の「明和大津波」があげられる.この津波の要因となる地震の震央は,宮古島と石垣島との間の南方海域であると考えられたが(今村,1938),詳細については現在も検討が加えられている.<br> この地震のほかに宮古島では1667年にも地震被害があり,渡辺(1985)は「『球陽』によれば1667年に宮古島で地震強く,洲鎌村で旱田1,210坪(約40ha)が約3尺(約0.9m)沈下して水田となる.」としている.この地震により変状を生じた可能性が高い地点と推定した宮古島市下地字洲鎌における北北西-南南東に延びるライムストーンウォール東側の谷部となっている地点においてボーリング調査を実施した.<br> 調査の結果,谷部には黒色の腐植質土壌が厚く堆積し,ライムストーンウォールを境にして基盤岩である島尻層群の上面高度が東側で低下していることが判明した.宮古島においてこの様に腐植質土壌層が厚く堆積する地点は非常に珍しい.この腐植質土壌層から放射性炭素年代測定を5試料AMS法により実施した結果,1924-1907 1904-1863 1846-1829,914-898 870-797,1681-1680 1614-1538,1178-1077,1377-1319cal.y.B.P.の年代値(1σ)を得た.これらの地層は低下側で沢地形を埋積して連続して堆積していることが確認された.また近傍の沈砂池からほぼ同じ腐植層の上部にあたる部分の1試料から906-850 831-807 804-791cal.y.B.P.の年代値を得た.これらの年代値からは1667年の地形変状がこの地点で起きたものであるか否かは判断できなかった.しかしながら,島尻層群の上面高度が東側で低下し,谷地形を埋積する堆積物が分布していることは,時代は特定できないものの,この地点でライムストーンウォールの東側が低下する地形変状を生じている可能性があると考えられる.<br> また今回,友利元島遺跡と砂川元島遺跡で採取した土壌層内に挟在する有孔虫砂の放射性炭素年代測定をAMS法により実施した.試料は遺跡調査中に土壌層の中に挟在される連続性の良い砂層から採取したものである.採取された砂を含む土壌から有孔虫の形状を残した試料を肉眼でより分けて年代測定を行った.有孔虫1粒で1~2mgあり,これを10~30粒使用した.年代測定にあたっては酸処理を行った後に計測を行った.年代測定の結果,友利元島遺跡からの試料で1152-1040cal.y.B.P.,砂川元島遺跡からの試料で883-780cal.y.B.P.の年代値(1σ)を得た(暦年較正年代の計算にはMarine04のデータベース(Hughen et al.,2004)を用いてCalib Rev.5.0.1を使用した.海洋リザーバ効果については,Hideshima et al.(2001)を用いてDelta Rを35±25yr(±1σ)とした).上記2地区の砂層が同一時期の津波堆積物とすれば,今回測定を行った遺跡から採取した有孔虫砂の年代から,これらの遺跡で確認される津波の発生時期は883-780cal.y.B.P.以降であると考えられる. <br> 本研究は,文部科学省からの委託を受け,平成20年度活断層の追加補完調査のうち,宮古島断層帯の活動履歴調査として行ったものの一部である.<br> <br> 文献<br> Hideshima et al.(2001)Radiocaron,43,473-476.<br> Hughen et al.(2004)Radiocarbon,46,1059-1086.<br> 今村明恒(1938)地震,10,431-450.<br> 渡辺偉夫(1985)日本被害津波総覧,206p
収録刊行物
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- 日本地理学会発表要旨集
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日本地理学会発表要旨集 2009f (0), 156-156, 2009
公益社団法人 日本地理学会
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詳細情報 詳細情報について
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- CRID
- 1390001205692178944
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- NII論文ID
- 130007014522
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- 本文言語コード
- ja
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- データソース種別
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- JaLC
- CiNii Articles
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- 抄録ライセンスフラグ
- 使用不可