交通空白地域におけるコミュニティの役割

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タイトル別名
  • The role of the community in the area without public transportation
  • the case of Kisenbaru district,Onna village, Okinawa Prefecture
  • 沖縄県恩納村喜瀬武原区を事例に

抄録

<BR> 高度経済成長期以降、モータリゼーションの拡大は社会の至る所で恩恵をもたらす一方、公共交通のサービス機能の低下、衰退による交通空白地域を発生させた。利用者の少ない地域を走るいわゆる不採算路線は統廃合が進み、郡部の自治体を中心に既存のバス路線を継承する形でコミュニティバスの運行を開始する例が近年多くなってきた。しかし、元々自家用車による移動が前提となっている地域において運営を継続することは困難が多い。利用者の少ないバスの運行が自治体の経営を大きく圧迫するケースも多く、最終的には運営を取りやめ、不採算路線の沿線は事実上の交通空白地域となっている。<BR>  しかし交通空白地域となった地域が、自らのコミュニティ構成員である近隣の高校生や高齢者を送迎するシステムを自然発生的に構築し、域内外へのモビリティを高めているケースも存在する。本研究ではその事例として沖縄県恩納村喜瀬武原区を取り上げそのシステムについて考察する。<BR>  恩納村喜瀬武原区は、小菊に代表される花卉栽培を基幹産業におく山間集落である。1996年まで、民間のバス会社が路線を運行していたが利用者は高齢者と高校生がほとんどで朝夕の時間帯を除けば乗客は見られない典型的な不採算路線だったため廃線が決定した。その廃線の翌日、村は代替バス「やまびこ号」を運行を開始する。しかし年間の維持費が約500万円かかるのに対し、売り上げが20万円という経営状況が決定要因となり、2004年にその路線も廃線となる。やまびこ号の廃線に際し喜瀬武原区民の反対は見られたが、区民の大部分が自家用車を利用していることもあり、大きな混乱もなく区は交通空白地域となった。<BR>  喜瀬武原区の主要産業である小菊の栽培は、時間帯に縛られる労働が少ない。そのため朝の通勤通学の時間帯においても家族の誰かが高校生や高齢者を学校や医療施設、あるいは最寄りのバス停や決められた待ち合わせ場所にまで送迎することが可能であった。この朝晩の送迎を組み込んでも生活に支障が生じない生活スタイルが、区内の送迎システムには大きく関わっている。<BR>  加えて喜瀬武原区の生活は、東側の金武町に立地する商業施設や交通路に依存していて、そこに向かう途中にはアメリカ海兵隊の軍事施設が立地している。区内を横断する県道104号線では海兵隊による行軍が行われ、またかつて県道越の実弾射撃演習に代表される軍事演習が頻繁に行われていた経緯から、区民はこの生活道路の通行に潜在的な恐怖を感じている。 このように地区の基幹産業が時間帯の制約が少なく、また軍事施設への近接性の高さが、区民が交通弱者の送迎に積極的な姿勢で臨む要因になっていると考える。<BR>  民営バス会社が運行する生活路線の営業が困難になり、交通空白地域の解消のために変わって導入されたコミュニティバスの事例は枚挙に暇がない。しかし運営主体が変わったからといって、バス利用者は増加することはなく、むしろその数は減少の一途を辿っている。公共交通を取り巻くこのような環境で、交通空白地域におけるモビリティの確保はより困難な局面を迎えている。<BR>  一方では自らが暮らす地域のコミュニティを活かし、モビリティの確保を自発的に行っている地域も存在する。法律や制度上の運用で調整は必要であると考えるが、ある一定の交通需要が見込めない地域においては、その地域の持つ産業や地域構造を加味したきめ細かい交通政策を導入することも、交通空白地域に対する処方箋としては必要な時期に来ているのではないかと考える。

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詳細情報 詳細情報について

  • CRID
    1390001205692636672
  • NII論文ID
    130007015157
  • DOI
    10.14866/ajg.2008s.0.55.0
  • 本文言語コード
    ja
  • データソース種別
    • JaLC
    • CiNii Articles
  • 抄録ライセンスフラグ
    使用不可

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