地域ブランド農産物と品質の形成

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  • Formation of the Quality in Locally Branded Agricultural Products

抄録

I.地域振興の切り札としての「食」:<BR>  2006年4月1日から,地域団体商標の登録申請の受付が開始された。地域ブランドを保護はもちろん,地域経済の活性化も期待されて,全国の協同組合から多数の申請がなされた。2006年5月現在,347件のうち,73%が農産物や加工食品など「食」に関するものである。また,全国の商工会を対象として,地域資源を活用して地域振興を行う小規模事業者新事業全国展開支援事業(2006年度)に192件の応募があったが,このうち農水産物加工や,ご当地グルメなど「食」を主要な対象としたものは,42%を占めていた。地域振興の手法として,工場誘致や観光開発の限界がみられる中で,近年「食」は地域経済活性化のために,大きな期待が寄せられている。<BR> II.食品の品質概念:<BR>  地域特産品をブランド化するといっても,単なるネーミングでとどまっているものも少なくない。ブランドは他の商品と識別できることで,ブランドとしての価値が高まるのであり,農産物の場合,品種,品質,消費者への訴求が重要である。 では,農産物の品質とは何かということが問題である。近年,品質が「食」をめぐる地理学で重要なキーワードとなっており,コンヴァンシオン理論によれば食料品の品質の形成には,表1に示す5つのコンヴァンシオンが重要である。<BR>  日本の農産物産地では,「品質」を高める取り組みがなされてきた。従来,形状,色,大きさ,キズの有無,甘味,酸味,栄養価などの面で,市場の要求にできる限り応えようと努めてきた。工業化社会が進展する日本において,大量生産・大量流通を基本とするフォーディズム農業は,工業的コンヴァンシオンを重視してきたのである。しかし,これらは品質要素の一つの側面にすぎない。たとえ,厳密に計測して,食品の高品質をアピールしたとしても,消費者は好印象を持つとは必ずしも限らない。<BR>  最も典型的な例は,米国でのBSE発生後の牛肉にみられる。日本フードサービス協会は,牛肉のBSE感染リスクが極めて低いことを「科学的」に証明してみせて,牛肉の輸入再開を主張してきたが,各種世論調査によると,7割以上の国民は米国産牛肉に不安を抱き,その消費に慎重な態度を示してきた。農産物や食品の品質は,極めて複雑な構造を持ち,市場的,世論的,家内的,公民的コンヴァンシオンも,品質の形成に重要な役割を果たしている。<BR> III.「夕張メロン」は,どのようにしてブランド化に成功したのか?:<BR>  果物の場合,糖度が食味を決める重要な要素といえるが,夕張メロンの糖度はそれほど高いわけではない。つまり,夕張メロンの高品質性は商品そのものに内在していたわけではなく,社会的な関係の中で高品質性が形成されてきた。初期の段階では,品評会などで受賞したり,街頭配布などの販売促進を行うが,必ずしも販売増に結びつかなかった。権威に頼る形での世論的調整はうまくいかず,むしろ家内的調整が重要であった。産地全体で,作柄に関わらず規格を厳格に運用するとともに,地区ごとにグループを組織し,協調と競争によって,品質向上と出荷品の規格遵守を促してきた。このような家内的調整を中心として夕張メロンの品質が形成されるようになり,市場価格も高くなった。それとともにマスメディアも着目して,世論的調整も図られるようになった。また,夕張メロンの類似品や偽物あるいは流通上の品質管理に起因する問題に対する苦情にも誠意を持って説明,本物の夕張メロンを再送して対応してきた。つまり,消費者との関係においても,家内的調整が重視されてきたのである。<BR> IV.品質概念の地域差:<BR>  日本の場合,ヨーロッパと比べて世論的調整は強い一方,品質の公民的調整は弱い。これは,どのように理解したらよいであろうか。食べることは人間の根源的な営為である。「何を,どのように,誰と,いつ,食べるのか」ということは,個人の生き方そのものであり,それは社会構造や文化的背景と関連していると考えられる。

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詳細情報 詳細情報について

  • CRID
    1390001205692956032
  • NII論文ID
    130007015599
  • DOI
    10.14866/ajg.2006f.0.99.0
  • データソース種別
    • JaLC
    • CiNii Articles
  • 抄録ライセンスフラグ
    使用不可

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