Relocation of ethnic dairies from southern California
-
- SAITO Isao
- Institute of Geoscience, University of Tsukuba
Bibliographic Information
- Other Title
-
- 南カリフォルニア州からの移民酪農家の立地移動
Description
_I_はじめに<br> カリフォルニア州でも酪農は他の地域と同様,当初混合農業の一環として行われた。しかし,大都市の周辺に生乳を供給する近郊酪農が発達した。なかでも,ロサンゼルス郊外のデリーバレー(Artesia, Bellflower, Cerritos, Cypress等からなる)は,1930-1965年にかけてカリフォルニア州最大の酪農中心地であった。都市化に追われ,多くの酪農家はデリーバレーからチノバレーやサンホワキンバレーへ移転した。なかでも,1965年に100戸の酪農家が移転したチノバレーは酪農家の集中地域で,世界最大の酪農地域と言われた。ここでは酪農保護地の指定で酪農家が残存してきたが,住宅地化の波に曝されて1980年代から再移転を迫られている(図1)。<br> チノバレーから酪農家の最大の移転先がチューラーレ郡,キングス郡,カーン郡を中心とするサンホワキンバレーである。また,オレゴン,アイダホなどの北部州や乾燥地域のニューメキシコ州などに立地移動した酪農家もいる。ここではアルテジア,チノバレー,チュラーレ郡,カーン郡の現地調査をふまえ,酪農家の立地移動を民族的視点から考察することを目的とする。<br><br>
Journal
-
- Proceedings of the General Meeting of the Association of Japanese Geographers
-
Proceedings of the General Meeting of the Association of Japanese Geographers 2004s (0), 48-48, 2004
The Association of Japanese Geographers
- Tweet
Keywords
Details 詳細情報について
-
- CRID
- 1390001205693530624
-
- NII Article ID
- 130007016510
-
- Data Source
-
- JaLC
- CiNii Articles
-
- Abstract License Flag
- Disallowed