ソロモン諸島の農耕社会における高出生力とその変化

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タイトル別名
  • High fertility and its change in farmers societies of the Solomon Islands

抄録

メラネシアの農村部は,一般に,複雑な婚姻規制のために晩婚で,かつ長い授乳期間のために産後無月経期間が長いために出生率が高くなく,増えた人口も都市部へ流出してしまうのが普通であった。しかし,ソロモン諸島ウェスタン州は,例外的に,きわめて急激な人口増加を経験してきた。なかでもクリスチャン・フェローシップ・チャーチ(CFC)の本拠地となったパラダイス村は,1959年の成立当初は200人に満たなかった人口が,1995/96年センサスでは742人に達した。CFCは土着発生的なキリスト教の一宗派であり,開祖サイラス・エトが「ソロモン人によるソロモン人のための教会」の創設を目指して立ち上げた。開祖は子供に恵まれない夫婦に子を授けたり,抗呪の儀式により乳児突然死を調伏したりする神秘的な力をもっていると信じられた一方で,村に診療所を設置してプライマリケアを充実させたり共同労働によって安定した食料生産を確保したりといった現実的な生活改善策をとった。さらにCFCの信者としての生活基盤は村にあり外部社会との接触は好ましくない(そのため,食べ物も伝統的なサツマイモと魚と青菜と果物がほぼ100%である)という理由で,村人の村外への移住を厳しく制限する戒律があり,とくに激しい人口増加が起こる条件が整っていたと考えられる。<BR>  パラダイス村には,成立当初から詳細に記録されてきた出生,死亡,転入,転出についての人口動態記録があり,それをベースにした補完的な聞き取り調査によって過去40年間の人口変化をほぼ完全に復元することができた。このデータから年人口増加率を計算すると,村の成立後20年間は約6%ときわめて高い水準にあり,その主な原因は出生力が高いことであった。人口動態記録に載っているすべての女性から(没後の場合はその兄弟姉妹や子から)詳細な出産歴を聞き取り,既婚女性全員についてのデータを分析した。<BR>  一方,首都ホニアラが位置するガダルカナル島には,比較的早い時期から現金経済が入ってきた。ホニアラへの人口流入源は主に隣のマライタ島であり(それが2000年前後に起こった民族紛争の原因になった),ガダルカナル島北岸に位置する東タシンボコ区にはアブラヤシやココヤシ,カカオのプランテーションが拓かれ,他の農村部とは異なり,増えた人口を吸収できるだけの労働機会があったため,農村部でありながらも他の島からの人口流入がかなりあった。1980年代には,プランテーションの他にも,木材を伐り出して売る,商品作物を作って売る,養鶏場を経営するなど,さまざまな形で現金経済が入ってきており,主食もサツマイモと米またはラーメンがほぼ半々であった。宗教的にはアングリカンというキリスト教の一派の信者が主だが,ほとんど戒律らしい戒律はないので,その影響は少なかった。東タシンボコ区にあるバンバラ村には1995年に約200人が居住しており,そのうち既婚女性全員を対象にした聞き取り調査によって出生力を分析した。<BR>  これら2地区の既婚女性を3グループに分けた。Aグループは1940年以前に生まれた女性であるが,バンバラ村には数名しかいなかったので分析から除いた。再生産は,1980年以前に概ね完了している。平均完結パリティは約9と世界最高水準であり,分散もほぼ等しい値であることからポアソン分布に従っていると考えられ,ほぼ可能性の限界まで子どもを産んでいたと考えられる。Bグループは1940~1960年に生まれた女性であり,主な再生産期間は1960年代から1980年代であった。パラダイス村では平均完結パリティは約7であり,Aグループよりは低いが,それでもメラネシア集団としてはかなり高い水準を保っている。バンバラ村では約6であり,パラダイス村よりやや低く,分散がやや大きい。残りのCグループは1960年以降に生まれた女性であり,再生産はまだ完結していない。パラダイス村に比べ,バンバラ村の方が子供数3~5の女性が少なく,分布が二峰性になっているために分散が極端に大きいように見える。出産間隔の分析結果と合わせて考えると,地域ごとの社会環境条件によって出生力とその変化の様相は異なるけれども,どちらの地区でも平均的には低下傾向にあるようにみえた。

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詳細情報 詳細情報について

  • CRID
    1390001205693809152
  • NII論文ID
    130007016714
  • DOI
    10.14866/ajg.2010f.0.159.0
  • 本文言語コード
    ja
  • データソース種別
    • JaLC
    • CiNii Articles
  • 抄録ライセンスフラグ
    使用不可

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