山地牧畜における家畜頭数の調整機構
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- 山口 哲由
- 京都大学地域研究統合情報センター 日本学術振興会特別研究員(PD)
書誌事項
- タイトル別名
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- Balancing between crop farming and animal husbandry in mountain areas
- A case study of Tibetan villages in Yunnan Province, China
- 中国雲南省チベット村落の事例
抄録
はじめに<BR> 中国の西部地域には,チベットやモンゴルのように家畜飼養を重要な生業としながら人びとが生活する地域が多くある。中国では,1970年代までは人民公社による集団農業が営まれていたが,その後の生産責任制の導入により家畜は私有化された。一方で放牧地は所有権の明確でない共同所有のままであり,政策担当者はこの状況を「コモンズの悲劇」とみなし,放牧地荒廃の元凶として放牧地を個別世帯に配分する政策を進めてきた。<BR> 「コモンズの悲劇」では,放牧地が共有である場合は,資源の状態に無自覚な個々の牧民が家畜数を増加させ,その結果として資源全体の荒廃を招くことを想定している。しかしながら,発表者が対象としてきた山地地域では,家畜飼養と農耕は山地混合農業として密接に結びついており,現在でも家畜の糞尿は貴重な肥料となるし,乏しくなる冬季の飼料はムギワラなどが利用されている。すなわち,コモンズの悲劇で想定されるような自然草地との関係だけで家畜頭数を論じることはできないし,そういった前提に基づく政策の有効性に関しても論じる必要がある。<BR> 本研究では,中国南西部のチベット村落に基づいて,起伏の著しい山地地域において,家畜頭数がどのように調整されているのか,その仮説的なモデルを提示するとともに,現在の放牧地を個別世帯に配分する政策の有効性に関して議論する。<BR><BR> 調査地と方法<BR> 調査をおこなったのは中国雲南省シャングリラ県の2つのチベット村落である。シャングリラ県はヒマラヤ山脈東端と雲南高原が接する地域に位置しており,長江やメコン川,サルウィン川などの大河川によって浸食された起伏の非常に大きな地形が形成されている。チベット村落は2500~3000mの範囲に分布しているが,調査村であるW村とH村は標高3000mに位置している。村落の人びとは,農耕を主体としながら家畜飼養もおこなって生活している。発表者は2000年から2004年にかけて調査村に滞在し,その後も継続的に訪問することで調査をおこなった。調査では,村長や役人に対して村落や政策の概況に関して聞き取りをおこいとともに,村落の全86世帯を訪問して土地所有面積や家畜飼養,家族構成,経済状況などに関する聞き取りをおこなった。<BR><BR> 農耕と牧畜の概要<BR> 農耕に関して,これらのチベット村落ではオオムギ,ジャガイモ,カブ,アブラナが栽培している。同時にほとんどの世帯がヤク(Bos gunniens),ウシ(Bos taurus),ヤクとウシ雑種というウシ亜科家畜,他にもブタ,ヒツジ,ウマなどの家畜を飼養している。なかでも山地混合農業のなかで機能し,放牧地利用の主体となっていたのはウシ亜科家畜であった。ウシ亜科家畜は,個々の家畜種の生理的な特性に応じて飼養形態が異なっており,高山に適応した性質を持つヤクは周囲の山間放牧地を利用した移動牧畜の形態で飼養されており,一方でウシは主に村落周辺で飼養されていた。村落で飼養される場合,夜間の家畜は囲いのなかに収容されており,糞尿は刈敷と混ざり合い,唯一の肥料として耕地に投入されていた。また,標高が高いチベット村落では冬季の資源に乏しいため,ムギワラやカブが給与されていた。<BR><BR> 農業規模と家畜頭数のバランス<BR> W村では,ヤクが村落に滞在する期間はわずか10日ほどであり,村落への依存度は比較的少ないが,ほとんどのウシは一年を通して村落で飼養されており,依存の度合いは大きくなる。H村でのヤクが村落に滞在する期間はおよそ半年であるが,ウシに関してはW村と同様にほとんどが村落で飼養されている。このように,各村落において家畜種がどの程度村落に滞在するかに基づいて村落への依存度を補正し,世帯ごとの農耕と家畜飼養規模との関係を示したのが図1である。このように,家畜がどの程度村落に滞在するかという基準に基づけば,世帯ごとにおおまかな農耕と家畜飼養とのバランスが存在していることが推測できる。すなわち,家畜は冬季飼料として農耕に依存しているし,農耕では肥料のために一定数の家畜が必要になる。そういったバランスの元に家畜飼養の規模は決定されていると考えられる。中国における放牧地政策は「コモンズの悲劇」,すなわち自然資源と家畜とのバランスに基づいて進められているが,山地における牧畜に関しては異なる側面からの理解が必要ではないかと考えられる。<BR>
収録刊行物
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- 日本地理学会発表要旨集
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日本地理学会発表要旨集 2010s (0), 187-187, 2010
公益社団法人 日本地理学会
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詳細情報 詳細情報について
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- CRID
- 1390001205693988480
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- NII論文ID
- 130007016996
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- 本文言語コード
- ja
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- データソース種別
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- JaLC
- CiNii Articles
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- 抄録ライセンスフラグ
- 使用不可