東京府下滝野川における種子流通の展開と外来野菜の普及

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書誌事項

タイトル別名
  • Circulation of seed in Takinogawa District ,Tokyo and Spread of Foreign Vegetables
  • -明治後期から大正期を中心として-

抄録

_I_.はじめに  江戸時代における都市の発達は,都市近郊に野菜生産地域を成立させたばかりでなく,野菜の種子を専門に取り扱う種苗商の成立をも促したことが指摘されつつある。江戸近郊においても,五街道とその脇往還の沿道などに多くの種苗商の存在が確認できる。その中でも中山道沿道の滝野川地区(現,東京都北区)を中心とする地域は,種苗商が集中し,さながら野菜種子の問屋街のような様相を呈していた。また1885(明治18)年に板橋駅が開設されると,滝野川地区の野菜種子の流通範囲は,一層広域化したとされている。 一方,明治前期に殖産興業のスローガンの下,明治政府が強力に推進した外来野菜の導入政策は,明治中期以降,日本在来の農業や食文化との乖離,政府の財政難などにより継続されることはなかったが,種苗商の中には,外国の種苗商から,野菜種子を直接取り寄せる者も少なくなかったという。 しかしながら当該地域における種子流通の実態は,史料が未発掘であったこともあり,明らかにされていないのが現状である。  そこで本報告では,滝野川地区の種苗商に残る明治後期から大正期の取引記録の翻刻・分析を通して,まず取引品目(野菜の種類・品種)や取引量,種子の入手経路や出荷先などを具体的に把握する。その上で,とくに各種の西洋野菜や中国原産のハクサイといった外来野菜種子の取引に焦点をあて,その取引内容や出荷先の属性などから,種苗商が外来野菜の普及に果たした役割の一端を明らかにすることを目的とする。なお分析に使用した帳簿は,_丸1_滝野川村榎本家文書,(東京都北区指定有形文化財)のうち,_丸1_「大福帳」(明治36~41年),_丸2_「(東京桝屋本店仕切帳)」(大正4~10年)および,_丸3_滝野川村岩田家文書「当座帳」(明治38~大正11年)の3点である。 _II_.種子の入手経路と出荷先  種子の入荷先については,両家とも記載を欠く場合が多かった。しかしながら,榎本家・岩田家とも,外来野菜に「舶来」と付記されている場合が多いことから,海外の種苗商から入手していることが確認された。また,江戸時代以来,滝野川地区の名産品の一つであったゴボウ(滝野川牛蒡)の種子の産地として,千葉県八街およびその周辺の地名が確認されたことから,種子の需要の増加や,滝野川周辺の農地の減少などによって,当時すでに他所での委託採種が行われていたことが確認できる。 出荷先に着目すると,榎本家では,明治後期には東海(神奈川・静岡・愛知・岐阜・三重)や信越(長野・新潟)を中心に,北海道,中四国(広島・山口・愛媛),九州(宮崎・鹿児島)など非常に広範囲の種苗商との取引があり,大正期には明治後期以上に多くの道府県に出荷先を広げていったことが確認された。一方の岩田家は,北関東(埼玉・栃木・茨城)や山梨,東京府多摩地区など,東京周辺の種苗商との取引が主流であった。このことから,滝野川地区内の種苗業者は,個々に得意とする商圏をもち,互いに棲み分けをしつつ存立していたことがわかる。 _III_.取引品目にみられる特徴  榎本家・岩田家とも,明治後期には,練馬大根・美濃早生大根・滝野川牛蒡・滝野川人参・三河島菜・千住葱・砂村葱・山茄子(山手茄子)・鳴子瓜など,滝野川周辺をはじめとする東京近郊の在来野菜が主要な出荷品目であった。しかしながら,大正期にかけて出荷される外来野菜の種類や量,頻度の増加が確認された。そのなかでも以下の2点が特に注目された。まず一点目は,榎本家の取引先に,役場や農事試験場,学校(とくに農学校),軍事施設などが多く含まれ,これらの取引先へ,アスパラガスやレタス,カリフラワーなどの西洋野菜の種子の出荷が目立っている点である。このような傾向は,明治後期以降,国立や各府県立の農事試験場が設立され,外来野菜を含む蔬菜園芸事業の奨励再興と対応しているものとみられる。また二点目としては,岩田家の北関東の取引先への出荷品目において,中国原産の漬菜類の種子の取引量が増加し,逆に在来の漬菜である三河島菜の種子の取引量が減少している点であり,これは日露戦争以降,中国大陸からの外来野菜の導入が活発化したことを示唆しているものとみられる。  以上のように,国内外との情報の送受信地である帝都東京の近郊に位置し,関東平野の広大な畑作地帯を後背地にもつ滝野川地区の種苗商は,明治後期から大正期における外来野菜の普及において,確固たる役割を果たしたことが指摘できる。

収録刊行物

詳細情報 詳細情報について

  • CRID
    1390001205694117248
  • NII論文ID
    130007017137
  • DOI
    10.14866/ajg.2009s.0.60.0
  • 本文言語コード
    ja
  • データソース種別
    • JaLC
    • CiNii Articles
  • 抄録ライセンスフラグ
    使用不可

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