熊本県天草市崎津地区における生業変化からみた重要文化的景観の諸相

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  • Analysis of Changing Livelihoods for Some Aspects of the Cultural Landscapes of Japan in Sakitsu District, Amakusa City, Kumamoto Prefecture

抄録

本研究の目的は,熊本県天草市崎津地区を事例に,漁業を中心とした生業形態,および景観保全をめぐる諸実践がいかに展開してきたのかを分析し,重要文化的景観の「漁村景観」として保全の対象となっている景観がどのように形成・維持されてきたのかを明らかにすることとする。  研究方法としては,まず重要文化的景観に選定された「カケ」と「トウヤ」と呼ばれる構造物に特徴づけられる漁村景観の様相を提示し,重要文化的景観に選定されるまでの取り組みについて整理する。次に漁業形態の変化について,主に昭和戦前期以降の歴史的変遷および個別漁家の経営形態を分析する。そして「地域にあったもの」が取捨選択されるなかで,いかにして重要文化的景観となりえたのかを明らかにする。  研究対象地域として熊本県天草市崎津地区崎津を選定した。崎津地区は羊角湾浦内浦の西部に位置している。1896(明治29)年に崎津村と今富村が合併して富津村崎津,1954年からは崎津と今富が河浦町の大字となり,天草市への合併以降には天草市河浦町崎津地区となっている。現在の崎津港は第2種漁港となり,1955年までは長崎方面への定期航路も就航していた。また崎津地区の中心部にはカトリック教会が立地しており,「隠れキリシタンの里」として観光客の来訪もみられる。  崎津地区における景観保全の取り組みは,「長崎の教会群」が世界遺産国内暫定リストに記載され,それが周辺県に拡大されたことを契機としている。しかし,崎津地区は各種保護法の対象となっていなかった。こうした動きのなかで国内法の保護対象になるために住民の合意形成が図られていったものの,カトリック教会が保護対象となることで従来からの宗教的機能の減退が危惧された。このことからカトリック教会を含めた形態で保護法の対象となることは難しくなり,文化財の対象となりうるものが探索されるなかで,崎津地区特有の漁業関連構造物であるカケとトウヤが注目された。そして2011年2月にカケとトウヤを主な構成要素とする「天草市崎津の漁村景観」として崎津地区中町町会と下町町会および船津町会の一部が重要文化的景観に選定され(以下,重要文化的景観に選定された範囲を崎津と表記する),世界遺産登録へ向けた基礎が整えられつつある。  漁業形態については,1960年代までは地先の漁場での地曳網漁と三重県の真珠養殖会社が経営する真珠養殖への従事,巻網の一種である巾着網漁が中心で,その他小型の刺網漁や潜水漁などが行われていた。それが羊角湾干拓事業計画により,地曳網漁は中止され,底引網漁や一本釣り漁,真珠および緋扇貝養殖,小型刺網漁などを中心とした現在のような漁業形態へと移行した。  現在の主な漁場は底引網漁で五島列島東沖となり,一本釣り漁では羊角湾口一帯,真珠および緋扇貝養殖では主に崎津地区東部に立地する小島集落の沿岸部に養殖イカダが設置されている。主な漁獲魚種は底引網漁では10~5月にかけてヒラメやカレイ,アカムツなど底魚を,一本釣り漁では主にアジを対象として漁協を通じて熊本田崎や福岡市中央,北九州市中央,筑後中部,下関唐戸,京都市中央,大阪市中央など各市場へ契約出荷を行っている。とくにアジは「あまくさアジ」としてブランド化が図られ,高値時には7,000~8,000円/2kgで出荷されている。真珠は,全国真珠養殖漁業協同組合連合会が開催する入札会を通じて出荷されている。緋扇貝については,崎津地区にて緋扇貝養殖を営む3戸が共同して漁協を通じたイオンやゆうパック,市内の加工食品会社へ契約出荷を行うほか贈答品を中心とした個人販売も行われている。現在,崎津に居住する漁家は底引網漁で4戸,一本釣り漁で3戸,イセエビ刺網漁で1戸,緋扇貝養殖業で1戸,このうち一本釣り漁では潜水漁も行われている。船の大きさは最大でも7.99tとなり,比較的小型の漁船が中心となっている。漁船はコンクリート製の桟橋や防波堤に係留されている。また崎津地区の漁家数に比べて地区内に係留される船舶数は多く,非漁家・離漁家の多くがレジャー用の船舶を所有している。なおカケに係留される船舶については後者を目的としたものが多い。従来のカケは船舶の係留のほかに漁網の補修など「丘作業」の場であったが,崎津地区の漁家8戸のうち,カケで漁網補修などを行う漁家はおらず,自給用干物を干すなどに限られている。さらにカケの所有は漁家よりも非漁家・離漁家の方が多く,洗濯物干しなどに利用される方が多い。  以上のことからカケの利用は非漁業的なものが中心に継続されており,必ずしも生業活動が継続されるなかで存立してきたわけではないといえる。重要文化的景観としての価値を与えられた現在の漁村景観は生業活動から切り離されており,重要文化的景観の「動態保全」を考えていくうえで示唆を与える事例と考えられる

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詳細情報 詳細情報について

  • CRID
    1390001205694339200
  • NII論文ID
    130005473614
  • DOI
    10.14866/ajg.2014s.0_100107
  • データソース種別
    • JaLC
    • CiNii Articles
  • 抄録ライセンスフラグ
    使用不可

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