政権交代による都市計画マスタープランの方針転換

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書誌事項

タイトル別名
  • Reorientation of Urban Master Planning after a Change of Government
  • ―レウス(カタルーニャ)の経験から―
  • Experience of Reus, Catalonia

抄録

都市計画マスタープランが市民生活や地域の経済産業の将来的発展を支える道具立てとして機能するためには,都市計画・建築計画などに関わる高度な専門性と併せて,戦略的な目標設定に向けて市民の支持を取りつけるための政治的なリーダーシップが重要な意味をもつ。とりわけ,ヨーロッパ諸国の都市計画マスタープランは,詳細な土地利用計画とともに,公共空間・施設整備計画や地区ごとの建築形式などを組み込むのが一般的であり,中長期的な都市変化を方向づける枠組みとして,多大な影響力を有している。都市の本報告が対象とするスペインもその例外ではない。<br> 本報告では,上に述べた専門性確保と政治的リーダーシップを両立させるための仕組みとして,議員内閣制によって制度的に規定された都市政治の動態に着目する。直接の分析対象とするのは,カタルーニャ自治州(スペイン)の地方中核都市に位置づけられるレウスである。レウスでは,1979年の市政民主化以来,30年余りにわたってカタルーニャ社会党(PSC)が左翼市政を率いてきたが,2011年の市会選挙で保守系カタルーニャナショナリストの党「集中と統一(CiU)」に敗れ,政権を譲った。その結果,左翼政権が準備していた都市計画マスタープランが撤回され,新政権のもとで練り直しが始まった。報告では,政権交代の前後でマスタープランの構想にいかなる変化が生じたかに焦点を当てて検討する。<br> 都市政策は,政権を支えるイデオロギーによって基本的な方向性を与えられると同時に,時々の社会経済の動向から強い影響を受ける。とくに,市街地開発や環境保全の中長期的方針に関わる都市計画マスタープランにあっては,不動産市場と直結した景気の変動を的確に掴み取り,将来予測に反映させることが求められる。スペインでは,2008年に勃発した国際的な金融危機を引き金として不動産バブルが崩壊し,深刻な不況・失業問題へと展開した。レウスで2011年に起きた政権交代と新政権による都市計画マスタープランの練り直しも,政権党のイデオロギー的性格のみならず,社会経済の大きな変動との関係で理解する必要がある。実際,レウス市内の新築住宅供給は,2000年代半ばをピークとして極度な低水準へと落ち込んだ(図参照)。外国からの移民流入により着実に増加していた市人口は,2008年以降,停滞ないし微減傾向へと転じ,反比例して失業者が増加した。<br> 他方,1978年の民主憲法により本格的な分権化を進めたスペインでは,都市計画を含む多くの政策領域が国と並んで自治州による立法のもとに置かれている。このため,基礎自治体が行う都市計画の制度的条件も,自治州によって異なる部分が多い。カタルーニャ自治州は,2003~2010年の左翼政権期に自治州地域政策担当長官を務めた地理学者ウリオル・ネッルのもとで,都市衰退地区の再生や郊外戸建住宅地区の改善など,多くの分野にわたる斬新な地域政策を打ち出した。しかし,2010年に自治州政権が左翼勢力からナショナリストへと移り,折からの経済危機による財政難とカタルーニャの自決権要求による政治的緊張が加わったことで,自治州による地域計画策定の足取りは鈍化している。レウスの都市計画は,景気動向のみならず,そうした上位計画の遅れによっても,先行き不透明な状況に置かれている。<br> レウスの左翼市政は,選択集中的なクリアランス型の再開発,市民社会の蘇生力を信頼する「リハビリ」型の衰退地区再生,都市圏レベルの中心性向上をめざす拠点開発などを組み合わせる,野心的な都市政策を打ち出してきた。これに対して,ナショナリストが率いる新政権は,人口・住宅需要予測の大幅な下方修正と併せて,既存市街地の有効利用と生産緑地の再評価を軸とする新たなコンパクトシティ構想を掲げる。大幅な軌道修正が可能となったのは,専門性と政治的リーダーシップを兼ね備える政権の仕組みによる部分が大きいだろう。しかし,方針転換の具体的な中身に踏み込むと,左翼政権が打ち立てた将来構想を棚上げとし,景気変動に適応しながら時局の好転を待つだけの消極的なプランにすぎないという解釈も可能である。はたして,政治主導の都市政策を支える仕組みは,政権交代を通じた都市計画の刷新を促すのか,批判的に検証してみたい。

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詳細情報 詳細情報について

  • CRID
    1390001205694357504
  • NII論文ID
    130005635742
  • DOI
    10.14866/ajg.2017s.0_100178
  • 本文言語コード
    ja
  • データソース種別
    • JaLC
    • CiNii Articles
  • 抄録ライセンスフラグ
    使用不可

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