長野県佐久市における農地の文化的機能とその変容

DOI

書誌事項

タイトル別名
  • Cultural function and its changes of paddy fields in Saku city, Nagano, Japan

抄録

I 序論<br><br> 1990年代以降、農村は農業生産だけでなくレクリエーション、文化・教育、環境保全などの場として捉えられることが多くなった(田林 2013)。このような農村の多面的機能は、農村の総合的な機能として考えられてきた。農村を構成する重要な景観である農地が有する機能について、人文地理学では、田についてはこれまでイネの生産の場として捉えられてきた。しかし、農地には農作物の生産機能や自然環境の保全以外の機能がみられるのも事実であり、このことからも農地ひいては農村の多面的機能を考えることができるといえる。そこで、本研究では長野県佐久市の農地を事例に、農作物の生産機能以外の農地の機能の存在とその変容を述べ、その意義を考察することを目的とする。<br><br>II 研究対象地域<br><br> 研究対象地域は長野県佐久市である。市街地や農地が卓越する地域の標高は620mから約1,000mである。市域を多くの支流を有する千曲川が北流し、湧水も豊富である。また、冬季には寒冷少雨な気候となり、最低気温は氷点下20℃にも達する。2010年の「農林業センサス」によれば、農業経営体数は4,464経営体、経営耕地面積は4,332haであり、うち68.4%が田である。<br><br>III 結果と考察<br><br> 佐久市における農地、特に田の機能として、イネの生産機能に加え、1)コイやフナの養魚という水産物の生産機能、2)スケートの教授という機能がみられることがわかった。<br><br> 水産物の生産は、イネを栽培する田で行われ、佐久市ではコイやフナがその対象となっている(橋爪ほか 2015)。水田養魚は江戸時代以降、農家の副業として行われてきたが、1960年代に化学肥料や農薬を利用したイネの多収量化の志向により、急速に衰退した。1970年代になると、減反政策に伴って養魚が見直され、田の一部にイネを作付しない区画を設け、フナを養殖する農家が現れた。しかし、専業農家ではイネの生産に特化しており、現在養魚を行うのは年金など他の収入源がある高齢の農家に限られる。<br><br> スケートの教授は、水を張った田が冬季に自然環境下で結氷する場で行われ、佐久地域では「田んぼリンク」また「スケート田」と呼ばれていた(渡邊 2014)。佐久市の小学校では冬季の体育の授業や校内のクラブの場でスピードスケートが教授され、競技者育成の主要な基盤となっていた。田は小学校近隣の地元住民から貸与されていた。しかし、1990年代前半における暖冬年の連続やリンク整備を担う保護者の時間的制約が増加したことで、リンクを田に造成する小学校は1985年に16校あったが、2013年には1校に減少してしまった。そのため、佐久市のスピードスケート競技者数も1990年代後半以降著しく減少した。<br><br> これらの機能は、水をためることができるという田のごく基本的な特徴を、地域資源として住民が認識して活用していた例といえる。しかし、そうしたイネの生産以外の機能は現在では縮小し、養鯉やスケート授業を田で行うことは少なくなった。<br><br>IV 結論<br><br> 長野県佐久市における田の機能として、イネの生産だけではなく、コイやフナの養魚という水産物の生産機能、またスケートの教授という文化伝承機能がみられることが明らかとなった。田はイネの生産という機能に特化し、養魚やスケートという佐久固有の文化の縮小へとつながった。これは経済性や時間的制約を反映した結果であり、農地が担う機能の多面性も同時に希薄となり、農村が担う文化的機能が失われつつあるといえる。

収録刊行物

詳細情報 詳細情報について

  • CRID
    1390001205694602752
  • NII論文ID
    130005490262
  • DOI
    10.14866/ajg.2015a.0_100139
  • データソース種別
    • JaLC
    • CiNii Articles
  • 抄録ライセンスフラグ
    使用不可

問題の指摘

ページトップへ