考古遺跡からみた氾濫原の微地形と災害
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- 小野 映介
- 新潟大学
書誌事項
- タイトル別名
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- A study of micro-landform and disaster through findings of geoarchaeological investigations in the floodplain
説明
Ⅰ はじめに:はたして氾濫原に流入したフロンティアたちは,どのように微地形を利用したのであろうか.弥生時代以降における氾濫原の地形環境と人々の居住地選択について考えてみたい.<br>Ⅱ 弥生時代の地形環境と居住地選択:河川は氾濫原において,アバルジョン(avulsion)を繰り返しながら徐々に土砂を充填させる.河川が向かった先では洪水堆積が活発化し,メアンダー・ベルト(meander belt:以下,MB)を形成するが,そこから外れた地域は静穏な堆積環境となる.放棄されたMBは洪水による湛水のリスクが少ないために古くから居住地として利用されてきた.一般的に,氾濫原に立地する集落は弥生時代中期に急増するが,それらは弥生時代前期〜中期に生じたMB上を選んで立地する傾向が認められる.一方,後背湿地や旧河道は水田として利用されたが,相対的な低地は洪水の影響を受けやすかったようで,洪水による土砂の堆積を受けて埋没した水田が日本各地で発見されている.例えば,河内平野の池島・福万寺遺跡では,土砂の堆積を受けるたびに造成し直された水田の様子が明らかにされている.他方,岡山平野の百間川原尾島遺跡のように大規模な洪水を受けて,そのまま水田が復旧されなかった例もあり,洪水被害を受けた人々が生業の場である水田を「復旧して住み続ける」もしくは「放棄して移住する」という選択を迫られる場面があったことが示唆される.また,矢作川下流低地においても弥生時代中期に人々の活動の活発化が認められるが,その痕跡は後期に連続しない.その理由としては,河川氾濫の活発化が指摘されている.また,この様な地形環境の悪化の際には,氾濫原に接した段丘上に集落が増加したという報告もあり,環境要因を反映した「高低移動」が行われた可能性がある.<br>Ⅲ 平安時代における微地形の変化:弥生時代に形成されたMBは,その後の洪水堆積物によって覆われ,現地表面下浅部に伏在している場合が多い.現地表面のMBはそれよりも新しく,とくに大河川沿いにみられる比較的規模の大きなものは,近世以降に発達したと考えられている.一方,派川沿いに断片的に分布するMBについても,発達の時期が明らかになっている.例えば越後平野の氾濫原におけるMBの形成は約1,000年前(平安時代半ば)以降であったと推定される.また,これとほぼ同時期に発達したものは濃尾平野においても認められる.氾濫原には木曽川の派川群のMBが認められるが,それらは1,200~1,000年前(平安時代前半から半ば)に河川の土砂供給様式が静穏な堆積型から洪水堆積型へ変化した際に発達したとされる.これら平安時代以降に発達したMB上からは,以後の様々な時代の遺物や遺構が出土しており,現在も居住地として利用されている場合が多い.こうした遺跡の分布は,氾濫原にあって洪水のリスクが低く,居住に適した地形は限られており,また,人々はその範囲内で居住してきたことを示す.弥生時代以降の微地形への適応的居住は,基本的には現在まで受け継がれるが,中世に入るとそうした居住形態からの脱却が試みられるようになる.<br>Ⅳ 自然環境の人為的改変にともなう住環境の変化:自然条件に規制された土地利用からの脱却が一般化・大規模化したのは中世〜近世に入ってからのことである.中世〜近世における河川の付替えや築堤は,沖積低地の都市・農村における定着的な生活を可能とした.一方で,人々による地形発達への介入は新たなタイプの洪水を生んだ.「築堤→天井川化→外水氾濫(破堤洪水)の頻発」という図式は,近世初頭に治水工事が施された大河川に共通する.なかでも,上流部に風化した花崗岩地帯を有する地域における天井川の発達は顕著で,その代表例が矢作川である.矢作川の大規模改変は16世紀末から17世紀初頭に実施された.その結果,沖積低地では新田開発が進んだが,河床は徐々に上昇し,18世紀になると洪水が頻発するようになる.そうしたなかで,洪水の激化に耐えきれずに低地での居住を諦める人々も現れた.また,地形環境の悪化は沖積低地にとどまらず,矢作川沿いの低位段丘においてもエクメネの消失が生じた.低地北部の西縁の低位段丘には,水入遺跡と呼ばれる旧石器時代から江戸時代後半まで営まれた複合遺跡が立地していた.しかし,近世の築堤にともなう天井川化によって,段丘は堤外地へと組み込まれ,長らく続いた集落は廃絶した.段丘を覆う天井川堆積物はシルト〜極粗粒砂からなり,その層厚は4mを超える. 沖積低地の形成以来,人々はそこに住み,自然の恩恵を受けながらも洪水のリスクと隣り合わせに時を送ってきた.埋没した遺跡から,我々は土地の履歴を学び,それを生かして住まうべきであろう.
収録刊行物
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- 日本地理学会発表要旨集
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日本地理学会発表要旨集 2014s (0), 100018-, 2014
公益社団法人 日本地理学会
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詳細情報 詳細情報について
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- CRID
- 1390001205694836224
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- NII論文ID
- 130005473572
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- データソース種別
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- JaLC
- CiNii Articles
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- 抄録ライセンスフラグ
- 使用不可