山小屋の機能からみた観光登山の持続システム

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タイトル別名
  • Sustainable system of mountaineering tourism, focused on function of mountain huts
  • ―アルプス銀座の事例から―
  • The case in Alps-Ginza

抄録

1.はじめに<br> 日本における山岳地域は,狩猟採集の場,信仰や修行の場,スポーツやレクリエーションの場として,古くから人間と密接にかかわりあい,時代背景や地域的背景を反映してその場所性が変化してきた.今日では,中高年登山ブームや山ガールといったキーワードに象徴されるように,老若男女を問わず多様な人々が観光対象として山岳地域を訪れている.しかし,こうした登山現象が地域論的に明らかにされた例は少なく,地域が登山者との関係の中でどのように変化し,登山を持続させうるのかについてはわかっていない.そこで本研究では,観光利用が顕著な北アルプス南部,常念山脈から槍ヶ岳にかけての通称「アルプス銀座」地域を対象として,登山者に対し山小屋の機能や役割がどのように変化し,観光登山を持続させているのかについて,山小屋関係者や登山者に対する聞き取り調査に基づく分析から明らかにした.<br>2.登山者数の推移と山小屋の対応<br> 対象地域は,1877(明治10)年にイギリス人地質学者であるウィリアム・ガウランドの槍ヶ岳登頂やそれに続く知識人たちの登山を契機として,その存在が全国的に知れ渡るようになった.1918(大正7)年,地元松本市の商店街の青年たちによって,登山道の途中に山小屋「アルプス旅館」が開業された.この後の相次ぐ山小屋開業により,案内人雇用や宿泊装備持参を必要としなくなったことで,登山者数が増加した.第二次大戦後,登山者数がさらに急増した際には,各山小屋で選択的な規模拡大や新規開業がみられ,増加した登山者の受け入れを可能とした.1965年頃には,物資運搬にヘリコプターが導入されたことで,物資の需要増加に対応した.<br> 1990年代以降の中高年登山ブーム期には,登山者の総数は1960年代と比較して約半数に減少しており,規模拡大を実施した山小屋では収益の維持が課題となった.これに対し,各山小屋では利便性・快適性の向上やサービスの拡充と宿泊料金の値上げを実施したことで,客単価も上昇し,収益は維持されている.規模拡大を果たした山小屋では,安定した収容力を活かした団体登山(ツアー登山や学校登山)の受け入れも行っており,これが収益の安定化に効いていると考えられる.一方,小規模のまま維持された山小屋においては,サービスの拡充がそれほど顕著でなく,収益維持が困難な山小屋も存在する.しかしこうした山小屋も,遭難リスク対応の観点から存続が必要とされていることから,複数の山小屋をもつ株式会社の経営体により,大規模小屋の収益を補填することで維持されている.<br> 3.山小屋の機能と観光登山の持続システム<br> 登山者への聞き取り結果から,山小屋におけるサービスの拡充は,登山者の間での口コミを形成し,新規登山者を誘致することが示唆された.こうして誘致された登山者は,自身の経験や山小屋における多様な登山者との交流により段階的に登山の知識や技術を身に付け,難度の高い魅力的な山へと挑戦しようとする傾向もみられた.対象地域における山小屋の直接的・間接的な観光誘致が,登山者数の維持および増加に寄与している.こうして得られる山小屋の収益は,さらなるサービス拡充と合わせて環境配慮型トイレの新設や登山道整備など環境保全にも用いられており,環境負荷軽減にも結び付いている.以上から,利用と保全の両立による持続システムの一例が示された.

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詳細情報 詳細情報について

  • CRID
    1390001205695108992
  • NII論文ID
    130007017710
  • DOI
    10.14866/ajg.2016s.0_100295
  • データソース種別
    • JaLC
    • CiNii Articles
  • 抄録ライセンスフラグ
    使用不可

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