旧炭住コミュニティの維持と炭鉱離職者のライフヒストリー

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書誌事項

タイトル別名
  • The sustenance of the coal miners housing community and life-histories of retired coal miner
  • 福岡県嘉麻市銭代坊地区を事例として
  • A case study of Sendaibou area, Kama city, Fukuoka Prefecture

抄録

1. 研究目的と対象地域<br> 本研究で対象とする福岡県嘉麻市銭代坊地区は、日本有数の産炭地域として、戦前戦後の日本の資本主義を牽引してきた地域である。産炭地域に存在した多くの炭住が消失するなかで、遠賀川水系の支流に沿って形成された小丘陵地には、銭代坊地区(463世帯)を始めとする大手中央財閥であった旧三井山野鉱によって形成された国内有数の炭住コミュニティが残存している。本稿では、炭鉱閉山から半世紀近くが経過した現在も、炭住コミュニティに住み続けることに積極的な意味を見出している炭鉱離職者の残留プロセスと定住要因について、ライフヒストリー的手法を援用して分析を行い、炭住コミュニティがこれまで維持されてきた要因を検討する。さらに、炭鉱離職者の築く近隣での社会関係の性格を明らかにすることにより、炭住コミュニティが抱える諸課題について考察する。 <br> 2. 研究方法<br> 本稿では、質的データを重視する立場から、炭鉱離職者世帯に協力を依頼し、22世帯の炭鉱離職者本人に対する聴き取り調査をもとにライフヒストリーを分析した。この手法を用いた理由は、炭住コミュニティが維持されてきた要因分析には、炭鉱離職者一人ひとりが生きてきたこれまでの人生や過去の経験を描くことが有効だと考えたからである。聴き取り調査は2016年8月・10月に2度訪問面接を実施し、一部の世帯については、11月に補足調査を行った。さらに炭住コミュニティの生活空間を把握するために、銭代坊地区102世帯に対してアンケート調査を実施した。 <br>3. 調査結果<br> 炭鉱離職者のライフヒストリーを分析した結果、炭鉱閉山までの過程で、幼少期のころから炭鉱マンである父親の転職により「炭鉱」から「炭鉱」を渡り歩くなど、不安定な生活環境のもとで成長し、成人してからは、父親と同じ炭鉱マンとして働き、家族を支えてきた人たちであることが確認できた。坑内での掘進作業は過酷であり、地底で常に死と隣り合わせの労働を共有してきた者同士の強い絆に支えられた共同意識が、周囲に親類がなく、同じ境遇にあった仲間を支えあうという相互扶助的な意識が機能していたことが明らかになった。<br> 残留離職者家族の再就職先については、類型化して分析を試みた。「炭鉱関連」では、三井有明鉱(福岡県みやま市)、池島炭鉱(長崎市)への再就職は、妻子を銭代坊地区に残しての単身赴任である。「一般企業」では、愛知県、大阪府などの三大工業地域を中心に太平洋ベルトに家族全員で移動して銭代坊地区の実家の老親の介護や死去に伴いUターンするケースである。この場合、殆どが長男夫婦であり、妻も同郷である場合が多くみられた。炭鉱離職者家族の残留要因については、旧三井山野鉱が安価な価格で土地と家屋をセットで払い下げられたことで、生活の基盤となる「住む場所」が確保できたことが大きな要因であることが明らかになった。さらに、炭鉱労働者の多くが住むべき土地も家も持たない漂流者であり、不安定な生活を長く続けてきた漂流者たちにとっては、払い下げられた銭代坊の地が安住の地であることと関連している。炭住コミュニティに愛着を感じ、銭代坊の地を離れることに抵抗を覚えるのは、この場所が心のよりどころであると考えているからである。炭住コミュニティが抱える課題としては、近隣ネットワークの機能低下で、高齢単身世帯の安否確認を担う「見守りサポーター」の体制づくりが遅れていることが明らかになった。

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詳細情報 詳細情報について

  • CRID
    1390001205695564928
  • NII論文ID
    130005635750
  • DOI
    10.14866/ajg.2017s.0_100196
  • 本文言語コード
    ja
  • データソース種別
    • JaLC
    • CiNii Articles
  • 抄録ライセンスフラグ
    使用不可

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