地理空間情報のクラウドソーシングと参加型GISの課題

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  • Crowdsourcing of geospatial information and issues of Participatory GIS

抄録

日本地理学会「GISと社会研究グループ」では,参加型GIS(PGIS)を中心とした,GISと社会との接点で浮上した話題を検討してきた.このシンポジウムでは,PGISにとってのボランタリー地理情報(VGI)やオープンデータの役割,問題解決のためのジオデザインの方法論を中心にとりあげる.まず本発表では,主旨説明を兼ねて,Web2.0登場後のPGISの動きを振り返りながら,PGISをめぐる最近の議論を整理しておきたい.<br>10年前にO’Reilly (2005)が提唱したWeb2.0という言葉は,もはや陳腐な表現になりつつあるが,その進化形に相当する動きはまだ現実化しておらず,むしろ最近のPGISをめぐる動きはWeb2.0の範疇にあるといってよい.様々な市民参加活動を地理空間技術によって支援する分野として1990年代から始まったPGISは,多様な主体による地理空間情報の共有や意思決定のツールとなってきた.もともとWeb2.0の特色の一つには,ユーザの参加による新たな価値の創造が位置づけられており,PGISとも親和性が高かったといえる.その結果,Google Maps/Earthなどを用いてユーザが作成した情報をWeb上で共有するGeoWebの利用が活発化した.さらに,利用・公開にあたって制約の多い既存の地図に代わって,ユーザが自由に作成・編集・利用できるwebマップとして,オープンストリートマップ(OSM)が登場した.現在では,これらをローカルな問題解決や情報共有に応用する取り組みが各地で取り組まれている.<br> GISにとってWeb2.0による影響を強く受けたのは,おもにデータ収集・作成における不特定多数のユーザの参加であろう.こうした動きはクラウドソーシングという業務形態の一種であり,収集されたデータはVGIと呼ばれるようになった.この言葉が広まるきっかけとなったGoodchild(2007)論文では,WikimapiaやFlickrを用いた活動や市民科学への応用などが事例として挙げられていた.これに対してHarvey(2013)は,OSMのようなopt-inの情報と,ICタグやスマホの位置情報のようなopt-outの情報をCGI (Contributed<br>geographic information)と呼んで区別し,倫理的・法的扱いがこれらの間で異なることを指摘している.また,VGIの実践がつねにPGISにつながるわけではない.<br> OSMに参加するマッパーたちをTurner(2006)はネオジオグラファー(Neogeographer)と呼び,専門の地理学者とは異なる市民科学の担い手として位置づけた.ただし,VGIがデータの生産を目的とする活動であるのに対し,ネオジオグラファーは,その利活用にも関わるプロシューマという性格がある.またHaklay (2013)は,ネオジオグラファーが技術の道具主義的理解・応用をめざす点でPGISとは異なることを指摘している.<br> ところで,地図はPGISにとって地理空間情報の視覚的表現手段の一つであり,必ずしも地図作成を目的とした活動ではないがVGIが地図の捉え方を大きく変えたことは間違いない.そうした変化の認識論的側面として,Dodge & Kitchin (2013)は次の4点を指摘している.(1)地図のオーサーシップ:不特定多数のユーザが参加したり,異なる地図をマッシュアップするといったWebマップの性格は,著作権の考え方にも見直しを迫るものである.(2)オントロジー(存在論):地図に示すべき地物の選択は,参加するマッパーの力関係にも影響を受ける.(3)局部性:地図作成の対象はユーザの必要に応じて選択され,地表全体をカバーすることはなく,永遠に未完成状態にとどまる.(4)制作の一過性:伝統的地図が想定するような静止した姿を描かない.ただし,これらを否定的に捉える必要はなく,むしろOSMは”自然の鏡”としての地図の虚構を明るみに出すきっかけをもたらしたといえる.<br> 2013年G8サミットの「オープンデータ憲章」以降,先進国ではオープンデータ化が進展しているが,これとVGIがあいまって,GIS普及のボトルネックとなっていたデータの利用環境が大幅に改善されてきた.しかしながら,PGISからみた場合,VGIには依然として,データの制作やアクセスの面で不平等な状況が残されているという.こうしたVGIをめぐる課題の背景には,専門家とアマチュア,トップダウンとボトムアップといった二項対立的見方があり,それを克服するための多元的で折衷的な解決を指向する立場も現れている.いずれにせよ,VGIをPGISがめざす現実の問題解決につなげるには,ジオデザインのような多様な主体を巻き込んだ意思決定のための方法論が必要になるであろう.

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詳細情報 詳細情報について

  • CRID
    1390001205695842048
  • NII論文ID
    130007018062
  • DOI
    10.14866/ajg.2016s.0_100225
  • データソース種別
    • JaLC
    • CiNii Articles
  • 抄録ライセンスフラグ
    使用不可

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