和歌山県串本町における地先漁業と漁場の共同管理

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  • Small-scale coastal fisheries and community-based management of the fishery grounds: A case of Kushimoto in the southern Kii Peninsula, Japan

抄録

1.はじめに 漁業および漁業資源の管理と持続性をめぐる議論が活発化する中で,日本の沿岸漁業における漁場管理の特殊性とその意義が指摘されるようになって久しい.しかし,近年では漁業者の減少・高齢化によって,特に沿岸域における漁場の利用頻度・利用圧の低下が進行しており,これに伴い沿岸域利用をめぐる権利内実の空洞化(緒方 2012)への懸念が表明されている.そこで本報告では,沿岸漁業の中でも特に地先漁業を対象として,地区間スケールにおける漁業実態の比較考察から,漁場の利用と管理における共通の課題を探ることを目的とする.なお,本研究では,漁業法において第一種共同漁業権漁業に分類されている漁業種を以て地先漁業とみなした. 2.対象地域 本研究では,紀伊半島の南端に位置する和歌山県東牟婁郡串本町を事例地域とした.当該地域で営まれる主な地先漁業としては,イセエビ刺網漁,素潜り漁(海士入り),および磯での採貝・採藻活動が挙げられる.調査を行うにあたっては,紀伊大島を除く串本町内の沿岸部を,旧漁協の立地等に即して11地区に区分した.これらの地区について,漁協資料等の集計により地区単位での漁業構造を析出するとともに,地先漁場利用・管理の実態について調査を行った. 串本町の沿岸域は,潮岬を境として東西に湾形を成しており,主として黒潮の影響下にあって,西側には亜熱帯性生態系が,東側には暖温帯性生態系が形成される特徴的な海洋環境を有する.しかし近年,海水温の上昇を主要因として,貝類・海藻類が大きく減少する磯焼け現象が当該沿岸域で深刻化している.特に西側沿岸域ではこの傾向が顕著であり,のみならずイセエビ刺網漁においては,サンゴ群集の拡大による操業の阻害や,商品価値の低い熱帯性魚類の混獲率の増大などが併せて問題となっている.当該地域では,こうした漁場環境との関連のもと,沖合でのひきなわ釣,通称ケンケン釣に大きく依存する地区から,地先漁業に特化している地区まで,多様な漁業構造が展開されている. 3.結果と考察 本研究の結果として得られた知見は,大別すると以下の3項にまとめられる.まず,イセエビ刺網漁の場合,地先漁場環境の劣化が進行する地区では,地先漁場の外へと漁場を求める傾向がみられた.その際,地先漁場外では入会操業を基本としながらも,地区による所有の観念が緩やかながら及んでいる例もみられた.また,地先漁場の劣位性を,他所の地先漁場への入漁・入会操業により克服している例もみられたが,こうした対応は地区間の歴史的・社会的関係性を背景として初めて可能となるものであった.  地先漁場の管理をめぐっては,地区間だけでなく,漁業種ごとにもいくつかの傾向や特徴が認められた.イセエビ刺網漁においては,漁業者間の操業調整や利益の分配が管理の主眼に置かれていた.他方,海士入りや磯での採集活動にかかわる管理においては,漁場利用における空間的な統制はほとんど行われず,代わりに採用されている規制としては,操業時間や漁具の規制といった資源管理にかかわるものであった.また,全体としては管理意識が弱まりつつある磯での採集活動に対しては,採集物の経済的重要性が地区内で高まることによって,管理の強化,ないし新たな導入が行われる例がみられた. 当該地域では,1965年と2008年の二度にわたって漁協の広域合併が実施されている.とはいえ,既存研究でもたびたび確認されているように,漁場の利用と管理に関しては,合併後も地区単位による従前の形態が維持されていた.ただし,こうした地区による主体的管理は,地区の自律的営力のみによって継続されているとは限らない.当該地域の地先漁場をめぐっては,共同漁業権による制度的裏付けを得て,それを根拠とした秩序形成が行われている側面が確認された.  地域を通してみると,全体としては基本的に共通の管理方式を採用しつつ,その強度や運用のあり方には地区ごとに多様性がみられた.本報告では,こうした地先漁業の利用と管理にみられる諸形態について,関連する自然生態的・社会経済的諸要素との関連から検討を行っていく. 文献 緒方賢一 2012.沿岸海域の「共」的利用・管理と法.新保輝幸・松本充郎編『変容するコモンズ フィールドと理論のはざまから』43-66.ナカニシヤ出版.

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詳細情報 詳細情報について

  • CRID
    1390001205696471936
  • NII論文ID
    130005473965
  • DOI
    10.14866/ajg.2014s.0_100330
  • データソース種別
    • JaLC
    • CiNii Articles
  • 抄録ライセンスフラグ
    使用不可

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