地球温暖化をめぐる「ヒマラヤの図式」

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  • Critical review on the scenario of Himalayan glacier shrinkage

抄録

1.はじめに ヒマラヤでの人口増加が森林伐採を生起し,土壌侵食,下流域での洪水に繋がり,環境悪化の循環に陥る.いわゆる「ヒマラヤの図式」がかつて広く受け入れられた.しかし科学的知見によって,環境をめぐる安易なステレオタイプは批判的に検証された(Ives and Messerli,1989).今日,ヒマラヤにおける環境悪化の図式は,地球温暖化による氷河の後退・消滅という新しい題材を得て,ふたたび受け入れられつつある.そこで,氷河に関する知見,事実にもとづいて批判的に検討したい. 2.ネパールにおける氷河をめぐる言説 ヒマラヤの氷河は世界で最も後退しており,近い将来氷河が消滅する.ヒマラヤはアジアの大河川の源であり,その氷河は「白い貯水塔」であるから,減少・消滅はアジア13億人の水資源に重大な問題を引き起こす,というシナリオが提示されている.またローカルな事象としても,ネパールでは乾期の河川水は氷河の融解水によってもたらされているから,氷河の縮小・消滅によって飲用水,灌漑水不足が生じ,生活基盤に危機的な影響を引き起こす,といわれている(図).IPCC第四次評価報告書における「ヒマラヤの氷河は2035年までに消滅する」という誤記の背景には,こうしたシナリオによる先入観が影響したものと思われる. 3.氷河に関する知見・事実氷河融解水は資源として利用されているか・多量のシルトを含み,飲用にも灌漑にも適さない.乾燥地における例外事例を除き,ネパールのヒマラヤ山間部で河川水を灌漑には利用していない.・乾期は気温が低く,氷河末端でも気温はプラスにならない.したがって氷河の融解水は河川に供給されていない.・河川水に占める氷河融解水の割合は相当に限定的である.・ヒマラヤ南斜面に位置するネパールでは, 2000mmを越える年降水量があり,そもそも氷河融解水に依存する必要がない.・仮に氷河が消滅したとしても,降水量に変化がなければ原理的には年間の河川水量は減少しない氷河は消滅しうるか・起伏の大きな山地にかかる山岳氷河であり,氷河の比高が数千メートルに及ぶほど大きい.温暖化による氷河平衡線高度 (ELA) の上昇があったとしても,すべての氷河で最高点高度よりELAが高くなることは考えられない.氷河に涵養域が存在する限り,氷河は消滅しえない.・氷河の総面積に対して,消滅の潜在性がある面積0.05km2以下の小型氷河が占める割合は数パーセントでしかない.半分は面積10km2以上の大きな氷河によって占められており(ネパール東部),比較的安定的だといえる.・平均気温が現在よりも高かった完新世においても,氷河が消滅した形跡はない.

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  • CRID
    1390001205696796544
  • NII論文ID
    130005473386
  • DOI
    10.14866/ajg.2013s.0_61
  • データソース種別
    • JaLC
    • CiNii Articles
  • 抄録ライセンスフラグ
    使用不可

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