里山の生物多様性保全におけるアンブレラ種の有効性

ある地域の生物多様性の保全を考える場合、その地域に生息する種が余りにも多いため（昆虫だけで1000種以上）、その全貌を調べるのが困難だという問題がある。この問題に対処するために、生息する種の中から少数の指標種を選定し、それを多様性の指標とする方法がとられている。しかし、指標種が正しく機能していないと、目標とする生物多様性の保全は達成されず、結局、少数の指標種が保全されるだけとなる。猛禽類の一種であるオオタカは、里山の食物連鎖の頂点に位置し、生息に広い面積を必要とするため、その種を保全することが他の多くの種の保全につながる「アンブレラ種」、つまり広域的な生物多様性の指標とされている。しかし、実際にオオタカが生物多様性のどのような指標となるかは調べられていない。本研究では、オオタカの生息環境を解析し、オオタカの生息域と非生息域での他の生物群の種組成を比較することにより、オオタカが生物多様性のどのような指標になるかを検討した。北海道中央部に設定した調査地内部の土地利用を森林、開放地（水田、畑等）、水面、市街地（都市、宅地等）に区分した。次に、36ペアーのオオタカの繁殖を確認し、繁殖期の行動圏を推定した。さらに、里山を代表する生物群として鳥類、蝶類、地表性甲虫類、林床植物を選び、調査地内の多数の林分で、その種組成を調査した。オオタカの生息に影響すると考えられる12の環境要因を行動圏内と行動圏外で比較した結果、オオタカの行動圏内の環境構成には、_丸1_開放地率が高く、水面率と市街地率が低い、_丸2_林縁長、特に開放地と接する林縁長が長い、_丸3_平坦であるという特徴があった。次に、これらの環境要因を用いてステップワイズ・ロジスティック回帰分析を行った結果、水面率、傾斜値、林縁から200m以内の開放地率、林縁から200m以上内部の森林率という４つの要因を用いた生息確率モデルが得られた。このモデルを用いて調査地全域のオオタカの生息確率を推定した結果、生息確率が0.5以上の地点は、実際の行動圏の分布にほぼ一致しており、このモデルにより84％の精度でオオタカの生息状況を推定できた。以上の結果より、オオタカが指標となる広域的な環境構成が示されるとともに、このモデルを用いて、調査地内をオオタカの生息適地と不適地に区分することが可能となった。　オオタカの生息の有無を生物多様性の指標とするために、各調査林分をオオタカの行動圏内の地点と行動圏外の地点に区分し、両者の間で各生物群の種組成を比較した。その結果、いずれの生物群においても、地点あたりの種数は行動圏内と行動圏外の地点で有意差がなかった。このことはオオタカの生息が、地域の生物多様性のホットスポットの指標とはならないことを示している。同様に、地点あたりの多様度指数と総個体数にも有意差はなかった。しかし、鳥類の中でオオタカの餌となる種の合計個体数は行動圏内で有意に高く、オオタカの生息場所では餌となる鳥類の個体数が多いことが示された。次に、オオタカの生息に適した環境構成を生物多様性の指標とするために、オオタカの生息確率モデルによる生息適地と不適地の区分を用いて、各調査地点の種組成を比較した。その結果、いずれの生物群においても、地点あたりの種数、多様度指数、総個体数はオオタカの生息適地と不適地で有意差がなかった。また、オオタカの餌となる鳥類の合計個体数にも有意差はなかった。　オオタカの生息場所に特徴的な生物種を抽出するため、４地点以上に出現した種について行動圏内及び行動圏外における指標値（IndVal）を求めた。その結果、指標値が行動圏内で有意に高かった種は鳥類で６種、蝶類で１種、地表性甲虫類で３種、植物で３種にすぎなかった。同様の方法により生息適地と不適地における指標値を求めた場合においても、指標値がオオタカの生息適地で有意に高かった種は鳥類で３種、蝶類で４種、地表性甲虫類で２種、植物で０種にすぎなかった。