これからの炭酸塩古気候学

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  • Perspectives in carbonate paleoclimatology

抄録

堆積物中の炭酸塩(方解石・アラレ石)は古気候解析用試料として最も成功した鉱物である.安定同位体比による総氷床量・水温・生物生産性・炭素循環,Me/Ca比による水温・酸化還元状態についての情報は,化石層序学的順序で並べられ,少なくとも過去7億年間の地球史の枠組みを描いてきた.炭酸塩古気候学における具体的成果の代表的例は,深海堆積物コア中の浮遊性有孔虫殻(方解石)の酸素安定同位体比である.多地点で採取されたコア中のd18O曲線は,共通した数万年周期の変動パターンを示し,その原因が地球公転軌道の周期変動にあることを解明した.この分野の研究は,主にヨーロッパの氷河成堆積物から導かれた古典的第四紀気候像を大幅に書き替え,さらに解像度を上げたその後研究では,数千年~数100年スケールでの気候変動が盛んに論じられている.この流れはOD21等の巨大プロジェクトとともに今後も継続していくだろう.<br>  炭酸塩古気候学は,地球温暖化による気候変動予測の社会的要請によりさらに進展する.信頼度の高い気候予測のためには,数値モデルの境界条件を規定可能な高解像度かつ具体的な過去数100年間の気候データが特に必要である.この点で最も成功したのは造礁サンゴコアである.サンゴ礁地域のサンゴは数100年間成長を継続し,骨格は明確な年輪を示している.最も良く用いられるハマサンゴ属の場合,年成長速度は5~20mmであり,幅100ミクロン程度に分割された試料の分析結果は,月単位での水温(あるいは塩分濃度)記録を提示する.サンゴコアの記録は,同じく年輪を持つ氷床コアの研究とともに,それぞれ亜熱帯~熱帯海域と高緯度地域での気候予測や大気海洋変動現象の解明に貢献すると思われる.<br>  しかし,近年の古気候学を大きく発展させた深海コア・サンゴコア・氷床コアには重大な欠点がある.気候予測の目的が人間社会に対するインパクトであれば,人口が密集する温帯~亜熱帯域の古気候情報抽出が求められ,陸域に分布する別の記録媒体を扱った研究方法を模索する必要が生じる.一般的な陸域古気候の研究対象としては,湖成堆積物・レス・古土壌が挙げられるが,情報の定量性と解像度に問題があった.これ気付いた欧米の研究者達は鍾乳石を用いた研究手法の開発に取り組んでいる.鍾乳石は,小さい成長速度に欠点があるが,サンゴコアと同じ方法で地下水温(気温に強い相関)を復元可能である上に,炭素安定同位体比には過去の植生情報が記録される.<br>  また,温帯~熱帯域石灰岩地域の河川に堆積する炭酸塩(トゥファ)も古気候研究試料として有力である.トゥファには孔隙質層(冬)と緻密な層(夏)の繰り返しからなる縞状組織が発達し,それが方解石無機沈殿速度の年変化を反映した年縞であることが確かめられている.トゥファの堆積速度は年間数mmと鍾乳石に比べて大きく,より高解像度の記録を抽出できる.さらに,トゥファには降水イベントも記録される.トゥファ堆積物には緻密/孔隙質年縞の他に褐色を帯びた厚さ10~100ミクロンのバンドが発達する.褐色のバンドは増水時に地下水系から流出した粘土鉱物が堆積物表面に付着したものである.バンドの幅やその中の粘土鉱物濃集度はEPMAを用いたSi-X線強度で定量が可能である.線分析を行った場合,褐色バンドはX線強度曲線のピークとして認識され,気象観測点の降水データと良い一致を示す.<br>  温帯~亜熱帯地域の降水パターンの予測は自然災害の規模や食糧問題の深刻さの評価につながる.陸域気候システムは海域気候システムに比べて,複雑で地域的な要素を含んでおり,地球温暖化に対する応答も地域的に多様であると考えられる.将来の陸上気候システムの理解のためには,多地点での鍾乳石・縞状トゥファ等の陸成炭酸塩を用いた研究の重要性は高く,今後の古気候学のブレークスルーとして期待できるだろう.

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詳細情報 詳細情報について

  • CRID
    1390001205732147712
  • NII論文ID
    130007039992
  • DOI
    10.14824/kobutsu.2003.0.162.0
  • データソース種別
    • JaLC
    • CiNii Articles
  • 抄録ライセンスフラグ
    使用不可

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