原子核のハサミ状振動を探る

書誌事項

タイトル別名
  • Investigation of Nuclear Scissors Like Vibration
  • ゲンシカク ノ ハサミジョウ シンドウ オ サグル

この論文をさがす

抄録

<p>原子核には核子(陽子と中性子)の集団運動に基づく多種多様な励起モードが存在する.その内,レモン型に変形した原子核の陽子と中性子がハサミのように振動する運動は,シザースモードと呼ばれている.このような振動モードに基づく共鳴状態は,希土類核やアクチナイド核などの変形核の励起エネルギー2.5~4.0 MeVに現れ,基底状態との間に強い磁気双極子遷移の強度を有している.また,同様な振動モードは,金属クラスター,量子ドットやボーズ・アインシュタイン凝縮など,他の量子多体系においても知られている.</p><p>シザースモードによる磁気双極子遷移の強度は,主に核共鳴蛍光散乱を用いて測定されてきたが,2000年代半ば以降,軽イオン散乱や中性子捕獲反応を用いた測定から,核共鳴蛍光散乱実験の結果と比べて2倍以上の大きな遷移強度があることが明らかになった.</p><p>通常の核共鳴蛍光散乱の測定では,ガンマ線ビームを標的核に照射し,標的核から放出される共鳴散乱ガンマ線を直接測定する.この際,共鳴準位から基底状態へ遷移するガンマ線が主に観測される.一方,励起状態へ遷移する分岐ガンマ線は,入射ガンマ線と標的核との散乱による強いバックグラウンドのため,測定することが難しくなる.そのため,共鳴準位は基底状態のみに脱励起し分岐ガンマ線が存在しないと仮定して,遷移強度を求める.このような理由で,シザースモードの遷移強度が過小評価され,軽イオン散乱や中性子捕獲反応を用いた測定の結果との間に矛盾が生じていると考えられる.そこで,正確な遷移強度を求めるため,従来とは異なる透過型の核共鳴蛍光散乱を用いた測定を行った.</p><p>透過型の核共鳴蛍光散乱測定では,ガンマ線ビームを吸収標的に照射した後,透過ガンマ線を吸収標的と同じ物質から成る散乱標的に照射する.その際,散乱標的から放出される共鳴散乱ガンマ線を測定し,ガンマ線強度の減衰量から吸収標的による共鳴吸収の大きさを求める.</p><p>透過型の核共鳴蛍光散乱実験は,米国Duke大学のHigh Intensity γ-ray Source(HIγS)施設において行った.エネルギー2.28 MeVと2.75 MeVで,半値幅約3.5%のレーザー・コンプトン散乱ガンマ線ビームを,181Ta標的に照射し,標的核から放出される共鳴散乱ガンマ線を測定した.その結果,2.28 MeVと2.75 MeVエネルギー領域において,新たに30本のガンマ線ピークを観測し,共鳴状態が複数の準位によって構成されていることがわかった.このことは,シザースモードによる磁気双極子遷移の強度が過小評価されていたことの要因の一つと考えられる.また,これまでよりも2.8~3.0倍大きな積分散乱断面積が得られた.さらに,共鳴吸収の大きさから分岐比を求めた結果,181Ta原子核の2.28 MeVと2.75 MeVエネルギー領域において,それぞれ,75%と50%の大きな比率で,共鳴準位から励起状態へ遷移していることが判明した.</p><p>本研究において,181Ta原子核のシザースモードによる磁気双極子遷移の強度は,これまでの核共鳴蛍光散乱実験から得られている系統値よりも2倍程度大きな値となり,軽イオン散乱や中性子捕獲反応を用いた測定から得られている磁気双極子遷移強度と矛盾しないことがわかった.</p><p>透過型の核共鳴蛍光散乱を用いた系統的な測定はまだ行われていないが,シザースモードによる磁気双極子遷移の強度は,従来の理論で説明できないほど大きな値である可能性がある.また,殻模型や乱雑位相近似模型を用いた理論計算から,低励起エネルギーに強い磁気双極子遷移が存在することが示唆されており,今後,シザースモードに対する理論的な解明が期待される.</p>

収録刊行物

  • 日本物理学会誌

    日本物理学会誌 74 (5), 325-329, 2019-05-05

    一般社団法人 日本物理学会

詳細情報 詳細情報について

問題の指摘

ページトップへ