睡眠を促す日本の看護技術としての足浴: 足浴利用法の変化(1876-2005年)

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  • The Use of Hot Footbaths for Enhancing Sleep as a Japanese Art Form of Nursing: a Review on the Development of the Technique (1876-2005)

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抄録

足浴を睡眠援助として用いることは,日本特有の看護技術である。英語圏の看護学教科書には睡眠援助方法としての足浴の記載はなく,足浴の睡眠効果についての最初の英文論文も日本からであった。<br> 足浴が日本国内で睡眠援助へと変化したその経緯と,この変化を引き起こした要因や睡眠効果について,入浴習慣等の文化的背景も含めて洞察することを,本研究の目的とする。<br> 文献検索は次の手順で行った。1945年以前の看護学教科書は復刻版が出版されたものをインターネット検索し,また1945年以後のものは主要な看護学教科書を配架している千葉大学図書館にて閲覧した。日本の入浴文化や歴史に関しては,「入浴+歴史+日本」をキーワードとしてインターネット検索し,日本の入浴や銭湯の歴史に関する本を入手した。<br> 次いで,検索された文献を次の手順で検討した。①日本の看護学教科書を古いものから年代順に調べ,足浴を援助する目的を抽出し,足浴目的が睡眠援助へと変わった時期を見いだす。②これ以前の時期で,変化の“きっかけ”を見いだすために,足浴同様に温めたり血行をよくしたりする睡眠援助法や,理論的背景となりそうな看護学の知識,足浴から連想される入浴についての日本の習慣の歴史や背景を調べる。③足浴が日本国内で睡眠援助へと変化した経緯や背景要因を,上述の情報をもとに推察する。④足浴が睡眠を促す効果について,生理学的な作用機序の仮説を基に,入浴習慣等の影響を推察する。また生理学的以外の作用機序として,日本の入浴習慣や環境の影響を推察する。<br> 日本の看護学教科書を年代順に調べた結果,足浴が睡眠援助として載ったのは1960年が最初であると分かった。足浴同様に温めたり血行をよくする睡眠援助としては,1951年発行の教科書に「両足をややあつい湯でよく清拭してやると よく眠れることがある」との記載が見られる。この後に足浴の睡眠効果が見出される上で,1879年発行の教科書の「(足浴は)身体上部の血液を下部に誘導する」つまり,足浴が前述の清拭同様に血行をよくする作用をもつという記述が,理論的背景となっていた可能性がある。また,看護師自身が当時の他の日本人同様に入浴を習慣としており,「入浴後にぐっすり眠れる」ことを体験的に知っていたと考えられる。<br> 一昔前ふうの銭湯は1877年に東京にできたのち全国へと急速に広まった。人々は「温泉」と呼び,昼の仕事が終わると入浴を楽しみ,夜の私的な生活への切り替えとした。温泉地は千年以上前から賑わっていたとの記録があり,銭湯での入浴習慣が短期間で確立した背景には,この長年の湯に浸かる文化の影響が考えられた。<br> 足浴が「睡眠を促す看護援助になった経緯」として,上記の教科書記述や入浴習慣が統合されたと考えられた。つまり,「熱い湯での念入りな清拭同様に,血行をよくする働きをもつ足浴には睡眠効果が期待できるし,入浴習慣のある日本人が入浴に期待するのと同じ睡眠効果が,入浴を連想させる足浴にも期待できる」と考えついた看護師が,足浴援助を実践して睡眠効果を得,それが看護技術として教科書に掲載されるに至ったと推察できた。<br> 足浴が「日本で睡眠効果をもつ要因」として入浴習慣が考えられた。入浴して温まり,くつろぎ,副交感神経優位になって睡眠へ移行するのが習慣として身についている日本人は,入浴を連想させる足浴からも,この同じ生理的変化を起こしやすいと考えられた。また,入浴は長年,睡眠儀式としての役割を果たしていたが,入浴ができないときに入浴の代理として,足浴によりこの睡眠前習慣を疑似継続できることも,睡眠を効率的に促す要因と考えられた。<br> 以上,日本に特有の睡眠援助である足浴を,他国と横断的に比較し,歴史を遡って縦断的に検討し,そして効果の観点からも検討した結果,足浴が睡眠援助へと変化した経緯に対しても,睡眠を促す効果に対しても,当時の日本の入浴習慣が主要な役割を果たしていると考えられた。

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