聖憲における華厳教学の受容

書誌事項

タイトル別名
  • Acceptance of Kegon Doctrine in Shoken
  • 聖憲における華厳教学の受容 : 『二教論』に引用される『五教章』の解釈を中心に
  • セイケン ニ オケル ケゴン キョウガク ノ ジュヨウ : 『 ニキョウロン 』 ニ インヨウ サレル 『 ゴキョウショウ 』 ノ カイシャク オ チュウシン ニ
  • ー『二教論』に引用される『五教章』の解釈を中心にー
  • ーA viewpoint of interpretation of “Gokyosyo” in “Nikyoron”ー
公開日
2016
DOI
  • 10.18963/chisangakuho.65.0_515
公開者
智山勧学会

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説明

聖憲(1307~1392)は頼瑜(1226~1304)の加持身説を継承し、新義真言教学を大成させた。そのため、頼瑜と並んで「瑜公・憲公」と尊称されるなど、新義真言宗にとって極めて重要な人物の一人である。しかし、頼瑜に比べ、聖憲に関する研究(1)は少なく、聖憲自身の思想が未だ解明されているとは言い難い。また、真言宗学においては、聖憲は多くの場合、「頼﹅瑜﹅の﹅教理を継承し」「頼﹅瑜﹅の﹅新義真言教学を大成させた」などと紹介され、どうしても頼瑜の継承者という印象に留まってしまう(2)。<br>  聖憲の代表的な著作に、『大疏百条第三重(以下『大疏第三重(3)』)』がある。これは『大日経疏』に関する頼瑜以降の未整理で膨大な論義の算題をまとめたものである。そのため、この著作から、聖憲が頼瑜の思想をいかにして受け止めたのかを窺い知ることができる。聖憲の学風は基本的には頼瑜の加持身説を継承しており、『大疏第三重』においても加持身説の立場に立つところが大きい。しかしその一方で、頼瑜の思想と異にする部分(4)も見られ、聖憲自身の教理を垣間見ることができる。また、聖憲は真言教学とともに、諸宗の教学も研鑽している。なかでも、久米田寺の盛誉(1273~1351)から華厳教学を学び、『五教章聴抄(以下『聴抄』)』を撰述しており、聖憲の中で華厳教学が重要な位置を占めていたことが窺える。<br>  さて、聖憲自身の思想を探るためには、あるキーワードを掲げ、それに対する頼瑜と聖憲の言及を比較していくことが一つの方法であろう。空海(774~835)の『弁顕密二教論(以下『二教論』)』には、『華厳五教章(以下『五教章』)』が引用されている。聖憲には『聴抄』が、頼瑜には『二教論指光鈔(以下『指光抄』)』や『二教論愚草』があり、両者はそれぞれの著作の中で『五教章』を註釈している。『二教論』において、『五教章』の引用箇所は華厳宗に対するものであり、そこでは「果分不可説」や「初発心時便成正覚(5)」がキーワードとなっている。<br>  そこで本稿では、頼瑜と比較しながら、『大疏第三重』や『聴抄』を中心に、聖憲の華厳教学の受容について考察し、聖憲自身の思想の一端を明らかにしたい。

収録刊行物

  • 智山学報

    智山学報 65 (0), 515-532, 2016

    智山勧学会

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