共振器量子電気力学で強磁性体を制御する

  • 宇佐見 康二
    東京大学大学先端科学技術研究センター
  • 中村 泰信
    東京大学大学先端科学技術研究センター 理化学研究所創発物性科学研究センター

書誌事項

タイトル別名
  • Controlling Ferromagnets with Cavity Quantum Electrodynamics
  • キョウシン キリョウコ デンキ リキガク デ キョウジセイタイ オ セイギョ スル

この論文をさがす

抄録

<p>物理学を球に例えるとそこには2つの極がある.一つの極には簡潔で洗練されたプラトニックなイデアに先導された世界が,もう一方の極には実験技術の素晴らしい向上とともに開拓されてきた現実的でカオティックなメタファーの世界が広がっている.ジョージアイ(Howard Georgi)によれば,“Good physics must embrace these antipodes”とのことであるが,共振器量子電気力学はまさにその“Good physics”に当てはまる.</p><p>イジングモデル(Ising model)やハバードモデル(Hubbard model)が,それぞれ統計力学と強相関電子系のイデアとすれば,共振器量子電気力学にとってのイデアは,ジェインズ–カミングスモデル(Jaynes-Cummings model)である.ジェインズ–カミングスモデルは単一の原子とその原子に共鳴する1つの量子化された電磁波モードとの電気双極子相互作用を記述する.共振器を導入することで1つの共振器モードと優先的に原子を相互作用させることが可能となるため,理想的には,原子の自然放出による緩和レートや共振器の有限のQ値に起因する緩和レートより,原子と共振器モードの間の結合レートの方が速い状況を作り出すことができる.このような強結合領域での共振器量子電気力学は原子と電磁波モードのエンタングルド状態を制御して生成できることから,「量子系の制御」の雛形としての地位を確立してきた.</p><p>ジェインズ–カミングスモデルは2準位系と調和振動子が結合した物理系を記述するモデルであるとして,より抽象的な視点に立つと,物理的実体として様々な系で共振器量子電気力学のメタファーが展開できる.例えば,ラム–ディッケ領域(Lamb-Dicke regime)でのイオントラップの物理は,真空中にトラップされたイオンの内部自由度を2準位系,イオンの重心の振動モード―フォノン―を調和振動子と見なすことで共振器量子電気力学のメタファーとなる.このイオントラップの物理は,駆動光を利用することで光領域に遷移周波数のある2準位系とラジオ波領域に遷移周波数のある振動モードの間をパラメトリックに結合させるという新たな可能性を提供した.</p><p>このパラメトリック結合のパラダイムは,RF共振回路,マイクロ波共振器,または光共振器を用いて,マクロな機械振動子の振動モードを量子的に操作する共振器エレクトロ/オプトメカニクスというさらなるメタファーを生みだした.共振器オプトメカニクスは,今や常温環境下のマクロな機械振動子においても量子力学の世界を垣間見ることを可能にしている.</p><p>共振器量子電気力学を磁性物理学の文脈で見ると,強磁性共鳴におけるスピンとマイクロ波の間の磁気双極子相互作用や,マグノン誘起ブリルアン散乱におけるスピンと光の間のスピン–軌道相互作用を介した相互作用を共振器で増強できる可能性が浮かびあがる.ジェインズ–カミングスモデルというイデアは,今,強磁性体スピン集団における集団励起の量子―マグノン―を共振器電気力学の知見を活かして量子的に制御する「共振器マグノニクス」という新たなメタファーを創生しつつある.共振器マグノニクスは,スピントロニクスやマグノニクスを量子の世界へ導く鍵を握っているかもしれない.</p>

収録刊行物

  • 日本物理学会誌

    日本物理学会誌 73 (10), 700-709, 2018-10-05

    一般社団法人 日本物理学会

関連プロジェクト

もっと見る

詳細情報 詳細情報について

問題の指摘

ページトップへ