氷河・氷河湖研究の社会連携への展開

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  • Development of social collaboration through glacier and glacial lake studies

抄録

本稿では,研究活動の成果を地元の住民や自治体に還元する,あるいは現地と関わりながら研究活動を進める社会連携活動の事例として,中央アジアのキルギス共和国,インドのラダーク地方,長野県白馬村のケースを紹介する.<br>1.氷河湖研究からのアプローチ<br> キルギス共和国北東部に位置するイシク・クル湖流域では,2006年~2014年にかけて4回の氷河湖からの大規模出水が生じている.これら出水した氷河湖は,数カ月~1年の間に出現・出水する「短命氷河湖」と呼ばれるタイプである(Narama et al., 2018; Daiyrov et al., 2018).2008年7月には,西ズンダン氷河湖がわずか2カ月半で出現・出水し,この出水による洪水で3名の犠牲者がでている(Narama et al., 2010).「短命氷河湖」の出水は,ネパール東部の氷河湖決壊洪水にみられるようなモレーンが決壊するタイプでなく,氷河前面のデブリ地形内部に発達するアイストンネルの閉鎖によって,凹地に一時的に融氷水が貯水され,トンネルの開放によって出水するタイプである.「短命氷河湖」の出水タイプは,インド・ヒマラヤのラダーク山脈でも確認されている(奈良間ほか,2012).これら地域は,河川堤防などのハード面の防災対策は現実的でなく,個人の災害への意識・知識や対応力,さらには村単位の住民グループでの対応力の向上により減災を目指すソフト防災対策が重要である.<br> 筆者らは,現地住民に調査結果を伝えるアウトリーチ活動を実践するため,住民を対象とする氷河湖ワークショップを,ラダーク地方では2012年5月にドムカル村(Ikeda et al., 2016;池田・奈良間,2018),2014年9月にストック村,2015年7月にギャ村,キルギス共和国では2015年8月にジェル・ウイ村で開催した.これらワークショップには,地域住民のほか,環境NGO,政府の防災関係者が参加し,今後の対策について話し合った.2つの地域では,住民の災害に対する知識や意識が大きく違っており,現地の文化や社会的背景を考慮した防災対策が必要であると感じた.また,キルギス共和国では,2017年より衛星データを用いた「短命氷河湖」の監視と早期に情報を伝達する活動をキルギス緊急対策省と実施している.<br>2.氷河・雪渓研究からのアプローチ<br> 筆者らは,白馬村に位置する白馬大雪渓(以下大雪渓)で落石・雪渓調査,唐松沢雪渓で氷河調査を実施している.大雪渓は,日本三大雪渓の一つで,白馬岳(2932m)に通じる,夏季には毎年1 万人以上の登山者が通過する日本有数の人気登山ルートである.大雪渓は,白馬岳と杓子岳の両岩壁に挟まれているため,岩壁から生産される落石や崩落で登山事故が起きている(小森,2006;苅谷ほか,2008).著者らは,2014年から現地調査を実施して,以下の点を明らかにしている.落石が集中して堆積する場所は決まっており,落石が生産される岩盤の地質の違いで岩盤の侵食形態が異なる.その年の積雪深により岩盤斜面の積雪の融解時期が異なり,落石発生時期も融解時期に対応する.雪渓底部に巨大なアイストンネルが存在しており,晩夏に出現するクレバスの位置はアイストンネルの位置と一致する(畠・奈良間,2017).現地関係者とつながるアプローチとして,2017年6月に白馬村役場,白馬振興公社,白馬館株式会社,山小屋関係者,白馬山案内人組合の関係者を集めた報告会を白馬村で開催した.白馬村の山岳関係者との合意形成の下,2017年と2018年に調査結果に基づいて大雪渓上のベンガラルートが設定された(岳人2017年9月号掲載).<br> 北アルプスでは現在6つの氷河が認定されているが(福井ほか,2018),白馬村でも氷河の可能性のある多年性雪渓が残されている.白馬村のサポートのもと,2018年夏季に立山カルデラ砂防博物館と白馬山案内人組合と協働で氷河調査を実施した.唐松沢雪渓が氷河と認定されれば観光資源としてだけでなく,環境教育にも利用することができ,白馬村との社会連携活動の進展が期待される.

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詳細情報 詳細情報について

  • CRID
    1390001288141863040
  • NII論文ID
    130007628395
  • DOI
    10.14866/ajg.2019s.0_134
  • 本文言語コード
    ja
  • データソース種別
    • JaLC
    • CiNii Articles
  • 抄録ライセンスフラグ
    使用不可

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