沿岸漁業地域のコミュニティ・ガバナンスの分析に向けて

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タイトル別名
  • Toward an analysis of community governance of inshore fishing communities

抄録

Iはじめに<br>コミュニティは,社会や環境の変化に対して順応しながら存続する場合もあれば,変化に対応できずに衰退していくこともある.本報告の目的は,このような社会や環境が変化する中でのコミュニティの動態を,コミュニティ・ガバナンスの観点から分析するための枠組みを提示することである.具体的には,沿岸漁業への依存が比較的大きい沿岸漁業地域(山内2004)における,水産政策や水産資源が変化する中でのコミュニティを想定しながら議論を進めていく.<br>IIコミュニティの布置<br>はじめに今日のコミュニティが置かれている状況を確認する.第2次世界大戦後,日本のコミュニティは町内会をはじめとする地縁組織を中心に担われてきた.こうした地縁組織は,たぶんに家父長制的な家族や性別役割分業をベースとしており,地域の課題に主体的に取り組む一方で,行政の末端組織としても機能していた(cf.武川2007).しかし,近年では高齢化や個人化などの進展により地縁組織の形骸化が地域を問わず指摘されるようになっている.<br>そうした中,コミュニティの置かれている状況もまた変化している.ここでは今日のコミュニティの布置を,特にコミュニティを担う主体の多様化とコミュニティに期待される役割の拡大に着目しながら確認する.まず前者であるが,従来,コミュニティの主たる担い手は地縁組織であったが,近年は,ボランティアやボランタリー組織を筆頭に,多様な個人や組織の関与がみられる.こうした動きは1990年代頃から都市部を中心に目立つようになったが,最近では田園回帰の動きも相まって,農山漁村においても多様な個人や組織の関与がみられるようになっている.<br>他方で,近年,コミュニティの役割に対しては政治的・社会的に様々な期待が寄せられている.中でも注目したいのが,コミュニティに公的な役割を付与する,「コミュニティの制度化」(名和田2009)の動きである.こうした動きには様々なものがあり,たとえば弱体化した地縁組織を機能させるためにより広い範囲に新たな地域組織を設立するケースや,交付金をもとに地域課題の解決に向けた協議や取り組みを行う組織体を設立するケースなどがある.このようにコミュニティに公的な役割を付与する動きもまた都市・農村問わずにみられるようになっている.<br>IIIガバナンス<br>続いて,公的課題をめぐるガバナンス論(公的ガバナンス論)の展開と研究課題について確認する.「ガバメントからガバナンスへ」という言葉に象徴されるように,従来政府が中心となって担っていた公的課題を,多様な主体からなる水平的なネットワークによって担うという認識が普及するようになって久しい.従前より公的課題に多様な主体が関わっていることは指摘されているが,1990年代頃から主体間の水平的なネットワークの役割が示唆されるようになった(Sorensen and Torfing2007:3).こうした水平的なネットワークはガバナンスと呼ばれるようになり,1990年代から2000年代にかけ,地理学を含め,様々な観点から同概念を用いながら公的課題の担い方の変化やその背景を探る試みがなされた(cf.ハバードほか2018).<br>このような変化が認識されるようになると,次第に「第2世代のガバナンス研究」が模索されるようになるが,Sorensen and Torfing(2007:14-16)は研究課題として次の4点を指摘する.すなわち,①ガバナンス・ネットワークの構成や発展,②ガバナンス・ネットワークの成功及び失敗の背景,③ガバナンス・ネットワーク自体がどのように維持・調整されているのか,④正統性をめぐる問題など民主主義という点からみたガバナンス・ネットワークの課題と可能性である.<br>IV沿岸漁業地域のコミュニティ・ガバナンスの分析に向けて<br>公的ガバナンス論は,主として政府による公共政策を主眼に置いて展開されきたものであるが,都市・農村を問わず,コミュニティにおいても担い手の多様化と公的役割の付与が進む中,同様の枠組みで議論ができると考える.特に沿岸漁業地域のコミュニティの動態を捉える際には,上述の①から④の課題はいずれも重要と思われるが,こうした地域では水産資源をはじめとする環境の変化が地域の経済活動やコミュニティにも影響するといった特徴を有しており,分析にあたってはこのような点を加味する必要がある.たとえば③に目を向けると,公的ガバナンス論においては,政府が,ガバナンス・ネットワークの維持・調整をはかる主な主体と捉えられがちであるが,沿岸漁業地域においては,環境もまたネットワークの維持・調整に大きな影響を与える要素といえる.<br>発表では公的ガバナンス論を下敷きに,事例も交えながら環境を考慮したコミュニティ・ガバナンスの分析枠組みの提示を試みる.

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詳細情報 詳細情報について

  • CRID
    1390001288143471232
  • NII論文ID
    130007628520
  • DOI
    10.14866/ajg.2019s.0_269
  • 本文言語コード
    ja
  • データソース種別
    • JaLC
    • CiNii Articles
  • 抄録ライセンスフラグ
    使用不可

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