近接する2つの物体間の「力」と「電流」の関係(最近の研究から)

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タイトル別名
  • Interplay between Force and Current in Atomic Junctions(Research)
  • 近接する2つの物体間の「力」と「電流」の関係
  • キンセツ スル 2ツ ノ ブッタイ カン ノ 「 チカラ 」 ト 「 デンリュウ 」 ノ カンケイ

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抄録

物理は,一見異なる2つの物理量を,より基本的な法則により結びつけ,統一的な理解を与えてくれる.電磁気学の「電場と磁場」,相対性理論の「質量とエネルギー」,量子力学の「波長と運動量」などが,その例として挙げられる.本稿では,「化学結合力とトンネル電流」に着目する.「力」は力学的な量であり,「電流」は電気的な量であるので,両者は一見異なった物理量に見えるが,量子力学により両者は密接に結びついていることを示す.真空中で2つの物体を接近させることを考える.接触させると,その間に斥力が働き,それ以上近づけることができない.接触面で原子同士が反発するためである.接触する直前では,近接する2原子間に化学結合力が働き,引き合う.この化学結合力により原子は互いにつながり,物質を構成している.一方,2つの物体間に電圧をかけると,物体間の距離が大変近いときは,接触していなくても,その間に電流が流れる.これは,電子が真空の障壁をトンネルするためであり,この電流をトンネル電流と呼ぶ.1991年にチェンは,化学結合力とトンネル電流という一見異なる2つの物理量の間には,普遍的な関係性があるということを指摘した.彼は,水素分子イオンのモデルにより,トンネル電流が化学結合力の2乗に比例するという関係式を導いた.これは,2つの物体が近づいて化学結合力が2倍になったとすると,その間を流れるトンネル電流が4倍になるということを意味する.その後,2003年にホファーらは,量子力学の摂動論により,トンネル電流は化学結合力の1乗に比例するという関係式を導いた.このように,化学結合力とトンネル電流との間の関係式として,2乗と1乗の予想があり,量子力学の基本問題として長く議論されてきた.力と電流の普遍的な関係性は,実験家の注目を集め,当初から検証実験が行われてきた.力の精密測定が特に困難であったが,力を高感度に計測することができる原子間力顕微鏡(AFM)が発展し,最近になってようやく信頼性の高い検証実験が行えるようになってきた.本稿では,AFMを用いて行われたIBMのグループの結果と我々の結果について述べる.金属系を使ったIBMは1乗の関係式を得たのに対して,Si-Siの半導体の原子接合を使った我々は,2乗の関係式を得た.両者とも,第一原理計算により実験を再現しており,結局,化学結合力とトンネル電流の1乗と2乗の関係式はどちらも正しいことがわかった.両者の違いは,2つの物体間の電子状態の縮退度で決まる.それは,量子力学の摂動論によって,理解することができる.我々は,初等的な量子力学で,摂動論は縮退が有るときと無いときで,取り扱いが異なることを学んだ.この違いが,2乗と1乗の関係性の違いを生じさせる.金属では,空間的にもエネルギー的にも拡がった電子状態を持ちエネルギーが異なる(縮退していない)状態同士の組み合わせが化学結合を支配する.一方,半導体であるSi-Siでは,空間的にもエネルギー的にも局在した電子状態が2つの物体間で縮退しており,共鳴することによって共有結合が生じる.以上により,金属と半導体でそれぞれ,1乗と2乗の関係式が得られることを,統一的に理解することができる.

収録刊行物

  • 日本物理学会誌

    日本物理学会誌 70 (8), 620-624, 2015-08-05

    一般社団法人 日本物理学会

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