両下腿切断症例の静止立位の足圧中心移動と歩行速度の経時的変化

説明

<p>【症例紹介】</p><p> ヒトは視覚、前庭覚、体性感覚を統合して立位バランスを制御している。両側下肢切断者は切断部以下の固有受容器が存在しないため、立位保持における体性感覚入力は健常者とは異なり、立位バランスの制御も異なると考えられる。また下肢切断者の歩行において立位バランスは重要な要素の一つであるが、下肢切断者が歩行獲得に至るまでの立位バランスの特徴については明らかにされていない。今回、両下腿切断者が義足歩行獲得に至るまでの静止立位における足圧中心移動と歩行速度の経時的な変化を追い、両下腿切断者の立位バランスの特徴、並びに立位バランス能力と歩行能力の関係について一定の知見を得たので報告する。</p><p> 症例は29歳男性。電車に轢過され受傷した。両下腿、右前腕切断術を施行し、術後3ヶ月で当院に転院した。</p><p>【評価とリーズニング】</p><p> 理学療法開始時の体幹・下肢の関節可動域に著明な制限はなかった。下腿断端部は術創部周辺の皮膚の可動性が低下しており、圧痛が見られた。</p><p> 理学療法介入開始から1ヶ月毎に、立位バランス能力の評価として静止立位時の足圧中心測定を、歩行能力の評価として10m最大歩行速度の測定を行った。また、介入開始時と退院時に体幹・下肢筋力の評価としてManual Muscle Test(MMT)を行った。足圧中心測定はANIMA社GRAVICORDER G620にて開・閉眼の2条件で各3回行い平均値を算出した。測定時間は30秒間、測定項目は軌跡長と外周面積とし、外周面積からロンベルグ率を算出した。</p><p>【介入と結果】</p><p> 理学療法として断端皮膚のマッサージ、筋力強化練習、義足歩行練習を行った。義足長は段階的に延長し、受傷前の身長になるよう設定した。下腿断端部の圧痛は介入開始2ヶ月で消失し、以後再発はなかった。介入開始から4ヶ月で屋内外独歩、1足1段での階段昇降、走行が可能となり自宅退院した。</p><p> 足圧中心測定より開眼軌跡長(cm)の介入1ヶ月から4ヶ月の変化は44.0、54.7、41.7、39.1、閉眼軌跡長(cm)は117.0、92.2、79.1、63.1、ロンベルグ率は9.3、4.1、3.0、2.8であった。10m最大歩行速度(m/min)は73.5、96.7、118.9、125.0であった。体幹・下肢筋力は介入開始時MMT4~5、退院時MMT5であった。</p><p>【結論】</p><p> 本症例の経過において開眼・閉眼軌跡長、ロンベルグ率、歩行速度は順調に改善した。特に閉眼軌跡長とロンベルグ率は歩行速度と共に改善する傾向にあった。</p><p> 今岡ら1は、20代健常男性の開眼軌跡長の平均値は40.79cm、閉眼軌跡長59.57cm、ロンベルグ率1.78と報告している。本症例において開眼軌跡長は全体としてわずかな減少に留まった。開眼軌跡長は介入1ヶ月で健常者に近い値を示しており、介入初期から十分な水準に達していたといえる。閉眼軌跡長は介入1ヶ月に比べて4ヶ月で約45%、ロンベルグ率は約70%と大幅に減少し、介入4ヶ月で健常者に近い値となった。本症例は介入初期、視覚代償によって立位バランスの制御を行うことで動作に必要なバランス能力を担保していたが、断端部からの体性感覚入力が学習されることで、立位バランスにおける視覚代償が軽減したと考える。立位バランス能力の改善に伴って、歩行においても視覚代償が軽減され、歩行速度の改善に至った可能性がある。</p><p> 本症例では介入初期断端部に圧痛が見られた。介入1ヶ月から2ヶ月の立位バランスの改善には断端部の圧痛消失が影響していた可能性がある。しかし、2ヶ月以降も閉眼軌跡長、ロンベルグ率が減少したことから、体性感覚入力の学習によるバランス能力の改善が生じていたと考える。また、本症例では体幹・下肢筋力の改善を認めた。立位バランス能力に比べるとその変化はわずかであったが、筋力が歩行能力に及ぼす影響については検討する余地がある。今回は一症例のみの報告であるため、今後症例数を増やして切断者のバランス能力と歩行能力の関係性について明らかにしていく必要がある。</p><p> 文献1)今岡薫 他:重心動揺検査における健常者データの集計.Equilibrium Res Suppl . 1997; 12:1-84.</p><p>【倫理的配慮,説明と同意】</p><p>本発表は当院倫理委員会にて承認を得た。患者にはヘルシンキ宣言に基づいて文書と口頭にて意義、方法、不利益等を説明し同意を得た。</p>

収録刊行物

  • 理学療法学Supplement

    理学療法学Supplement 46S1 (0), H2-179_1-H2-179_1, 2019

    日本理学療法士協会(現 一般社団法人日本理学療法学会連合)

詳細情報 詳細情報について

  • CRID
    1390001288157850496
  • NII論文ID
    130007693739
  • DOI
    10.14900/cjpt.46s1.h2-179_1
  • 本文言語コード
    ja
  • データソース種別
    • JaLC
    • CiNii Articles
  • 抄録ライセンスフラグ
    使用不可

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