高速原子間力顕微鏡による生体分子のナノ動態撮影(最近の研究から)

  • 古寺 哲幸
    金沢大学理工研究域バイオAFM先端研究センター
  • 内橋 貴之
    金沢大学理工研究域数物科学系:金沢大学理工研究域バイオAFM先端研究センター
  • 安藤 敏夫
    金沢大学理工研究域数物科学系:金沢大学理工研究域バイオAFM先端研究センター

書誌事項

タイトル別名
  • Video Imaging of Structural Dynamics of Functioning Biological Molecules by High-Speed Atomic Force Microscopy(Research)
  • 高速原子間力顕微鏡による生体分子のナノ動態撮影
  • コウソク ゲンシ カンリョク ケンビキョウ ニ ヨル セイタイ ブンシ ノ ナノ ドウタイ サツエイ

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抄録

液中ナノメートルの世界は,生命現象を司る蛋白質や核酸(DNAやRNA)といった生体分子が日夜活動している舞台である.それら生体分子は,時々刻々とその構造形態を変化させ,自分自身やその他の生体分子と動的に相互作用することで,その巧みな機能を発現している.機能に関わる構造形態変化のタイムスケールは,一般にミリ秒から秒のオーダーである.例えば本稿で紹介するミオシンVは,アクチン繊維上を約36nm程度の歩幅で毎秒15歩程度歩くように移動する.(1歩あたりは約70ms).それゆえ,それらの機能メカニズムを詳細に理解するためには,機能している最中の生体分子の"構造"と"動き"を同時に観察することが非常に重要である.生体分子はナノメートルオーダーと小さく,また,生理水溶液中でしか機能しない.このような極微の世界を見る装置としては,原子間力顕微鏡(AFM)や電子顕微鏡,走査型トンネル顕微鏡があるが,このうちAFMのみが生理水溶液中で測定可能である.しかしながら,従来のAFMは"構造"の観測には適しているが,1枚の画像を得るのに通常かかる時間が分のオーダーであるため,秒以下のタイムスケールで起こる生体分子の"動き"を"構造"と同時に観察することはできなかった.そこで我々は,その同時観察を実現すべく,AFMの走査速度を飛躍的に向上させた高速AFMを開発してきた.高速AFMでは,従来のタッピングモードAFMとデバイス群の構成は基本的に同じだが,走査速度を律している全てのデバイスの高速化が実現されている.中でも,生体分子を高速で観察するのに適した超小型カンチレバーや高速スキャナーを開発できたことが,AFMの走査速度の飛躍的向上につながった.タッピングモードAFMにおいて,カンチレバー探針が試料表面の情報を読み取る時間が短かければ高速性につながるが,それにはカンチレバーが高い共振周波数を持つ必要がある.また,生体分子は一般に脆く,それらを探針で壊さないようにするためには,小さいバネ定数を持つカンチレバーを作る必要がある.これら2つの要求を両立するためには,超小型のカンチレバーの開発が必須であった.一連の開発・改良により,1枚の画像を最速で30ms(ビデオレート)程度で,生体分子の機能を乱すことなく撮影できる世界最高性能の高速AFMを実現した.高速AFM開発完了後,いくつかの蛋白質系を対象に応用研究に取り組み,蛋白質分子が活き活きと機能している最中の振る舞いを直接可視化し,それらの機能メカニズムの詳細を理解することができた.例えば,ミオシンVの観察においては,ミオシンの運動を説明するにあたって古くから提唱されていたレバーアームのスイング運動を含むミオシンVの歩行運動を初めて視覚的に実証することに成功した.さらに,前脚の足踏み運動を新たに発見し,従来の常識を覆す運動メカニズムを提案することができた.高速AFMの誕生により,機能中の生体分子の"構造"と"動き"を同時に観察することが可能となった.今後,多くの生体分子の観察に応用されることにより,それらの機能メカニズムの解明が期待される.また高速AFMは,生命現象に限らず,液中ナノメートル世界で起こる数多くの物理現象や化学現象を理解する上で有用な可視化技術となるであろう.

収録刊行物

  • 日本物理学会誌

    日本物理学会誌 69 (7), 459-464, 2014-07-05

    一般社団法人 日本物理学会

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