がん抑制タンパク質p53はどのように標的DNA配列探索問題を解いているのか?

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タイトル別名
  • How Does Tumor Suppressor Protein p53 Solve the Target DNA Search Problem?
  • ガン ヨクセイ タンパクシツ p53 ワ ドノ ヨウ ニ ヒョウテキ DNA ハイレツ タンサク モンダイ オ トイテ イル ノ カ?

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抄録

<p>2018年11月,“ゲノム編集ベイビー”が世間を騒がせた.ゲノム編集技術は,生命科学の分野で,ゲノム上の遺伝子の機能を調べることや,遺伝子の機能を改変することに使用される.一方で,医療に使う前には安全性の検証が必要である.ゲノム編集には,“DNA結合タンパク質”が使われる.DNA結合タンパク質は,DNAの連結,切断,修復やタンパク質発現の制御などの機能を持つ.</p><p>DNA結合タンパク質の共通の機能は,ゲノムを構成する,膨大な数のDNA配列の中から特定の配列を探索し,結合することである.例えば,DNA結合タンパク質が109塩基のDNAの中で,20塩基のDNA配列へランダムに1秒ごとに結合と解離を繰り返し(3次元探索),標的DNAを探す場合,3年もかかる.しかし,生体内では秒から分のオーダーで,標的DNAの探索がなされる.では,DNA結合タンパク質は,どのようにこの“探索問題”を解き,遺伝子発現やゲノム編集などの機能を発揮しているのであろうか?</p><p>この探索問題を明らかにするため,私達は,蛍光顕微鏡を用いて,蛍光色素を修飾したDNA結合タンパク質のDNA上でのダイナミクスを観察してきた.研究の当初,観測視野内のDNA数が少ないことやガラス基板に生体分子が非特異的に吸着することなどが問題となった.そこで,ガラス基板にDNAの末端を一列に並べて大量に固定する技術“DNA garden”を開発し,一度に大量の再現性の良い単分子データの取得を可能にした.この開発には,鷲津らの電極間DNA固定法,GreeneらのDNA curtain法などを参考にした.研究のモデルタンパク質として,ヒト由来のがん抑制タンパク質p53を使用した.</p><p>まず,DNA上でのp53のダイナミクスを調べたところ,van Oijenらの先行研究と同様に,p53はDNA上を酔歩するように1次元拡散運動することが分かった.この拡散運動には,ATPの化学エネルギーではなく,熱エネルギーのみが使われる.この1次元拡散運動によってp53はDNAから解離するまでに約200塩基を探索することで,探索時間を短くしている.</p><p>この1次元拡散の範囲に標的DNA配列があれば,p53は標的DNAを認識し,標的DNAに結合できる.探索時間の短縮を考えると,標的DNAの認識・結合率は100%に近いと予測される.これに反して,標的DNAの認識に成功し,標的DNAに結合できたp53はわずか1割であった.残りの9割は,標的DNA上にいるにも関わらず,標的DNAを認識できずに通り過ぎてしまった.一方で,p53は細胞へのストレスなどに応じて,標的認識率を変化させ,機能を制御していた.興味深いことに,標的探索の効率よりも,環境に応じた標的認識率の変化が進化の過程で選ばれたのである.</p><p>生体内では,DNA上に多くのDNA結合タンパク質が結合し,これらの障害物がp53の1次元拡散運動を阻害すると考えられる.一方で,生体内ではDNAが密集しているため,p53はDNAから別のDNAへと移動することで,DNA上の障害物を回避できる可能性が考えられた.そこで,高速混合反応追跡法と単分子計測を用いて,p53が拡散律速に近い速度でDNA間を移動できることを明らかにした.</p><p>このように,私達を含む生物物理学的な研究によって,p53は,3次元探索,DNA上の1次元探索,高速のDNA間移動を組み合わせ,標的DNAの探索問題を解くことが明らかとなった.今後,p53以外のDNA結合タンパク質がどのように探索問題を解いているかが徐々に明らかにされていくであろう.</p>

収録刊行物

  • 日本物理学会誌

    日本物理学会誌 74 (7), 472-475, 2019-07-05

    一般社団法人 日本物理学会

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