宗教的祭礼と家畜交易

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  • Religious festival and livestock trade.

抄録

<p>国境を越えてヒマラヤ産の家畜が移動することで、異なる宗教間での交易が生まれる。このような問題意識から現地調査をおこなっている。2018年にはバングラデシュの犠牲祭にインド・ネパール産の家畜がどのように移動するか、国境付近の家畜市で調査した。</p><p></p><p>バングラデシュの貿易統計には、毎年隣国から来る家畜の記載がない。牛は人や荷物の通る国境とは別のポートを通って来る。徴税はされているので、違法ではないが、公式の貿易とは区別されているようである。</p><p></p><p>統計ではらちが明かないので、国境付近の家畜市を調べてみた。すると、商人たちは、今年はインドから牛が来ていないという。その背景には、①ヒンドゥー至上主義を掲げるモディ首相がインドからの牛の輸出を禁止した、②バングラデシュ政府も国内農民を保護するため、インドからの牛の輸入を禁止したからだとの話を聞いた。国家の事情は詳しく調べる必要がある。ともあれ、2年前までは来ていた家畜が今年は来なくなった。国境のフェンスを越えてやってくる密貿易もおこなわれているようである。この場合、国境警備隊に捕まると、没収されるため、非合法的になる。</p><p></p><p>インドから外国産の牛が入ってこなくなることで、牛の値段が上がったという。買い付けに来た商人は落胆し、牛を肥育する農民はよろこんだ。ただ、その割に、牛を満載したトラックがひっきりなしに国境付近からダッカへ向かう。また、犠牲祭後にダッカの家畜市場で聞き取りした所、予想以上に牛が集まった。このため、前半で売り切った商人は儲けた。だが、犠牲祭直前になると値が下がったという。</p><p></p><p>農村地域で取引される牛のほとんどは国産のデシである。○○クロスと呼ばれるインドやネパールからの外国産の牛は改良品種であり、町や都市でしか見ない。犠牲祭の期間以外の家畜市でも、これらの家畜は農村地域では買付商人が売る家畜に1-2割程度混じる程度である。ただ、外国産の牛が改良品種で、デシは在来種ではない。デシのなかにも、交配品種が混じる。</p><p></p><p>住民の意識という点でも、人気があるのはデシである。デシは味も皮の品質も良い。インドの牛は、肉はまずいし、皮も傷物というのが、都市でも農村でもよく聞く。特に皮革業者の間では、インドの牛はまるで粗悪品の代名詞でもあるかのような扱いになっている。</p><p></p><p>ちなみに牛以外の家畜では、水牛、山羊、羊が犠牲祭で供犠の対象となる。ただ、犠牲祭で水牛を供犠する話を聞いたのは、水牛で犂耕している所だけだった。トラクターの普及以前は、もっと見られた風習だったのかもしれない。また、山羊については、インドから輸入することはない。逆にバングラデシュの山羊がヒンドゥー教の秋の大祭であるドゥルガプジャの時にインドへ輸出されているという。</p><p></p><p>交易が異なる宗教の人々の間に交易を生むという当初の仮説とは現実は程遠く、ヒマラヤの家畜回廊は、バングラデシュ人の間にデシ・ナショナリズムとでも呼べる国産牛への志向性を作り上げている。近年、国境に壁ができ、もともとセミリーガルで続いていた牛の交易が途絶え、イリーガル化しつつある。また、それでも犠牲祭はできなくはない。実際、これまでも犠牲祭で消費されていた家畜のほとんどが国産のデシであり、バングラデッシュ人もデシびいきからインドの牛は無くてもよいとの声も聞く。</p><p></p><p>とはいえ、外国産の牛が途絶えたことで牛の値段が上がる。デシのなかに外国産の牛との混血が混じる。このため、国産牛も外国産牛の影響を受けつつ形成されたと考えるべきだろう。</p>

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詳細情報 詳細情報について

  • CRID
    1390002184889235584
  • NII論文ID
    130007822071
  • DOI
    10.14866/ajg.2020s.0_169
  • 本文言語コード
    ja
  • データソース種別
    • JaLC
    • CiNii Articles
  • 抄録ライセンスフラグ
    使用不可

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