重症児の伸びる力を信じる食事支援

  • 浅野 一恵
    社会福祉法人 小羊学園 つばさ静岡 医師
  • 村上 哲一
    社会福祉法人 小羊学園 つばさ静岡 医師
  • 鈴木 崇之
    社会福祉法人 小羊学園 つばさ静岡 医師
  • 鈴木 恭子
    社会福祉法人 小羊学園 つばさ静岡 医師
  • 星川 望
    社会福祉法人 小羊学園 つばさ静岡 医師
  • 夏目 圭
    社会福祉法人 小羊学園 つばさ静岡 医師
  • 渡邉 未来
    社会福祉法人 小羊学園 つばさ静岡 医師

書誌事項

タイトル別名
  • ハンズオンセミナー 重症児の伸びる力を信じる食事支援
  • ハンズオンセミナー ジュウショウジ ノ ノビル チカラ オ シンジル ショクジ シエン

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抄録

Ⅰ.はじめに 重症心身障害児(者)(以下、重症児)は麻痺、筋力低下、協調運動障害、構造異常などにより摂食嚥下障害を合併することが多く、経口摂取には困難を伴うことが多い。しかし機能障害を理由に安易に経口摂取を諦められてしまうことは、重症児の成長や楽しみの機会を奪われることにつながり、生活の質に大きな影響を与える。近年高齢者の誤嚥性肺炎の治療に対する議論が、QOLの観点も含めて盛んに行われている。禁食によって廃用症候群や低栄養が助長され、かえって誤嚥性肺炎のリスクがあがるという報告1)もあり、高齢者の領域では食べ続けながらいかに誤嚥と対峙していくかが医療者に問われる時代となった。高齢者においても重症児においても共通する点として、本人が望むかぎりは、楽しみの一口を守る支援を模索しつづけることが医学界に望まれている。 このような昨今の流れを踏まえ、重症児の食事支援も幅広い視点をもって取り組む必要がある。特に生まれつき摂食嚥下障害を有する重症児に対して、環境支援によって機能を補完するという視点は重要となる。「それぞれの障害に合わせた環境を創り出す」という方向性は無限の可能性を秘めており、どの職種でもそれぞれの専門性を活かすことができると考える。 Ⅱ.ハンズオンセミナー1の概要 今回のハンズオンセミナーは「重症児の努力や事情を理解し、彼らにあった環境支援の具体的な選択肢を参加者とともに考えあう」ことを目的として、講義と実習で構成した。 講義では実際の摂食場面や嚥下造影の映像を交えて、重症児たちの環境によってもたらされる変化を提示した。近年発表された新しい環境支援の選択肢例を紹介し、目の前の人に合わせた環境を創り出すことができることを伝えた。 実習は三部構成で行い、食形態、姿勢、介助方法の違いが食べやすさにどんな影響を与えるのか参加者自身に実感してもらった。またハンドマッシャーやミルサーをつかって、実際に食べやすい食形態の加工実習を行った。 Ⅲ.講義 講義内容の中から、環境支援の新しい考え方や選択肢について紹介した部分を抜粋して掲載する。 1.重症児にとっての食事の意義 重症児の食事を守る目的として、第一に命を守ることが挙げられる。嚥下に配慮した食事を提供することで、誤嚥や窒息を防ぐことができる。また健康を維持するために食事に勝る栄養源はなく、いろいろな食物を食べることで必要十分な栄養を摂取することができる。口から安全に食べることが実現すれば、結果として不必要な医療ケアを回避することができ、重症児のQOLに大きく影響する。 第二に食事を守ることには、重症児の尊厳を守るという大きな目的もある。重症児は毎食の食事から得られる五感からの刺激によって、大きな喜びと成長の機会を与えられうる。 「有効性のある具体的対応の追求と重症児の尊厳を守る」というスタンスを重症児に関わるすべての職種で共有していくことが必要であると考える。 2.食べる力の評価 従来重症児の摂食評価は口腔・嚥下といった運動機能に重きを置かれてきた。しかし重症児が口から安全に楽しく食べるためには、食事への意欲向上や食行動の発達、適切な環境などが不可欠であり、それらを包括的かつ多面的に評価することが必要である。たとえば誤嚥性肺炎の発症には侵襲性だけでなく抵抗力が影響している2)。侵襲性を減らし、抵抗力を高めるためには口腔環境の改善、唾液誤嚥や胃食道逆流の軽減、筋力低下を来す薬剤の変更や減量、防御力(咳嗽力、呼吸機能、免疫力)の向上、栄養状態の改善、口腔機能嚥下機能の向上などの総合的な対応が必要2)となる。成人肺炎診療ガイドライン2017 3)でも「嚥下機能障害を来しやすい病態を持つ宿主が、直接的に誤嚥性肺炎のリスクであるとはいいがたいことに大きな問題点が存在している」とあり、嚥下障害のリスクがあることが必ずしも誤嚥性肺炎発症のリスクにつながるわけではないと明記されている。 以上の知見からも今後包括的な「食べる力の評価方法」を確立していく必要がある。現在発達期障害児に用いることができる包括的評価法はないが、小山らが開発したKTバランスチャート4)は摂食行動を獲得した成人重症児に用いることのできる評価法であり、その活用例を紹介した。 KTバランスチャートの評価項目は①食べる意欲②全身状態③呼吸状態④口腔状態⑤認知機能⑥捕食・咀嚼・送り込み⑦嚥下⑧姿勢・耐久性⑨食事動作⑩活動⑪摂食状況レベル⑫食物形態⑬栄養状態からなり、弱みだけでなく強みも評価することができる。また支援方法や生活環境が適切であるかなどの多面的な評価が可能となる。このような包括的な評価法は、重症児のように複雑な要因が絡み合って摂食嚥下障害をもたらしている病態において、非常に有用である。 また従来経口摂取可否判断に用いられてきた嚥下造影検査や嚥下内視鏡は、重症児では協力が得られないことが多く、検査食や検査姿勢の適正化も確立しておらず、信頼性に欠けることが多い。食事場面の評価をする際は、より侵襲性が低い方法で、本人の意欲を損なわないような配慮が必要である。今回はその一例として実際の食事場面が評価できるリアルタイム頸部聴診法5)を紹介した。小型マイクを内蔵した聴診器を頸部に装着してもらい、呼吸音、嚥下音をリアルタイムに検出しながら実際の食事場面を評価するため、介入方法が妥当かどうかリアルタイムに判断することができる。 3.機能を補完しかつ成長を促すための環境支援 重症児がうまく食べられない理由は機能障害だけでなく、不適切な環境も原因であることはあまり知られていない。よかれと思って提供する環境が、彼らの事情には合わないために、却って食べにくくしていることがあることに留意すべきである。視点を変えて観察すると重症児は食べる意欲に満ちていて、彼らの持っている機能を駆使して、何とか目の前の食事に適応しようと努力をしていることがわかる。その力を信じて、本人が意欲的に取り組める方法を用い、効率よく、楽しく食事ができるような合理的な環境(食形態、姿勢、介助方法等)の提供を何よりもまず優先すべきである。 4.食事形態 これまで長い年月をかけ全国の各施設で重症児が食べやすい食事が検討されてきた。 一般的に学校や通所施設などでは離乳食分類や嚥下調整食分類2013が用いられることが多いが、これらの食事だけでは摂食嚥下障害を有する重症児に対応しきれないのが実情である。しかしこれらの食事が食べられない場合、短絡的に摂食嚥下機能障害とみなされ、食べることをあきらめざるを得ないこともあった。そこでこれまでの各施設での経験を活かすべく、重症児施設、通所施設、特別支援学校への調査6)をもとに、日本摂食嚥下リハビリテーション学会を中心に「発達期摂食嚥下障害児(者)のための嚥下調整食分類2018」7)が新たに策定された。今回のセミナーではその分類で提案されている「まとまりペースト食」について取り上げた。 重症児の中には離乳初期の流動性のあるペースト食(以下、従来ペースト食)や嚥下調整食2013のコード0~1のゼリー食は誤嚥を生じ安全に食べられないが、形があり粘性を高くした食事であれば安全に食べられる例がある。嚥下造影で確認すると従来ペースト食は唾液で薄まってしまい、口腔内で拡散し、食塊を形成しにくいため、嚥下前に気道内に滑り落ちてしまう所見や、咽頭に付着したペーストが嚥下後に唾液とともに気管内に誤嚥してしまう所見8)が認められた。このような例においてまとまりペースト食では唾液で拡散することなく、一塊のまま送り込みでき、適度な付着性があるためゆっくり咽頭を通過し、つながりと変形能があるため咽頭で崩れずに一塊のまま嚥下でき、かつ嚥下後に咽頭粘膜にへばりつきにくいことが確認された8)。このように「口を使って食べる」ためにはある程度の形と量、口腔運動や唾液によってばらけないまとまり感と適度な付着性が必要となる。 食形態の違いでもたらされる重症児の食べ方の変化について、実例の映像を供覧した。 流動性のある従来ペースト食は、過開口で取り込まざるを得なかったが、まとまりペースト食は形があるため口唇をしっかり閉じて取り込もうとする9)。従来ペーストは急いで飲み込まねばならなかったため丸呑みで対応していたが、まとまりペースト食は適度な付着性があり咽頭に流れ落ちていくことがないので、口を動かす余裕が生まれる。従来ペーストは唾液に溶け出してしまい嚥下量が調整しにくかったが、まとまりペースト食は適度なつながりを保ちつつも押しつぶせる硬さであるため、自らの口腔運動を用いて適切な一口量に調整しようとする。自分のペースで食べられるので安心でき、達成感が生まれ、食事への意欲も高まる。 このように重症児も、味、温度、食感、粘性、形、大きさなどの食事の性質を感じ取り、自分の持っている機能を最大限使って対応しようとしていることがわかり、彼らの感覚にしっかり働きかけることの重要性を参加者とともに再認識した。 (以降はPDFを参照ください)

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