宇宙マイクロ波背景放射によるインフレーション起源重力波観測――POLARBEAR実験と次の10年間の展望

  • 茅根 裕司
    東京大学理学系研究科附属ビッグバン宇宙国際研究センター
  • 西野 玄記
    東京大学理学系研究科附属ビッグバン宇宙国際研究センター

書誌事項

タイトル別名
  • A Measurement of Primordial Gravitational Waves from Inflation―The Current Status of the POLARBEAR Experiment and Its Future
  • ウチュウ マイクロハ ハイケイ ホウシャ ニ ヨル インフレーション キゲン ジュウリョクハ カンソク : POLARBEAR ジッケン ト ツギ ノ 10ネンカン ノ テンボウ

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抄録

<p>皆さんは,2014年3月の「インフレーション起源重力波の世界初観測」の記者会見を覚えているだろうか? この発表は新聞等でも大きく取り上げられ世間を賑わせた.実は発表の直後からその解釈を巡り様々な議論があったのだが,その顛末が宇宙論界隈以外でどれほど認知されているだろうか?</p><p>ビッグバン宇宙論が確かになった現在,宇宙の開闢とその後の進化を説明することができる「インフレーション」の検証が課題となっている.この理論によれば宇宙は開闢直後に指数関数的に膨張したことが予言されており,その際,時空の揺らぎである重力波が生成されることが期待されている.つまりこの「インフレーション起源重力波=原始重力波」が観測できれば,宇宙開闢の現場に迫ることが可能になる.</p><p>原始重力波は,宇宙マイクロ波背景放射(Cosmic Microwave Background, CMB)に特殊な直線偏光パターン「Bモード」を残すことが知られている.2014年の報道は,南極のBICEP2実験がこのBモードを検出したというものであった.</p><p>実は発表当時から「我々の銀河にあるダスト(宇宙塵)からの熱放射・偏光をどうやって分離したのか?」が,問題視されていた.当時,ダスト偏光にもっとも感度をもつとされたPlanck衛星の高周波数(353 GHz帯)観測の結果は公開されていなかったため,多くの研究者がPlanckでの検証を心待ちにしていた.最終的には,2015年までに2つの実験が共同解析することで,信号は全てダスト起源であったことが明らかになり,現在もBモード探査が続けられている.</p><p>日本の機関も多く参加するPolarbear実験は,2012年からチリ・アタカマ砂漠の標高5,200 mで観測を行ってきた.実はPolarbearはBICEP2の記者会見に先んじて,世界で初めて「重力レンズ起源」のBモードスペクトルを報告している.重力レンズ起源Bモードは,宇宙の大規模構造のトレーサーとして重要な測定である.その後Polarbearは2017年まで観測を続け,やはりPlanckの高周波数観測を使ってダスト偏光を分離することで,BICEP2の観測結果がダスト偏光のみで説明可能であることを再確認した.</p><p>2020年現在,インフレーション起源Bモードは検出されていない.研究者たちは検出を目指し,精力的に次世代実験を進めている.2019年にfirst lightを迎えたSimons Array実験はPolarbearのアップグレード実験であり,これまでの約20倍の感度をもつ.Simons Arrayではダスト偏光を独自に除去するために,高周波数を含む合計4周波数帯で観測を実施する.</p><p>更にはSimons Arrayを発展させたSimons Observatory実験の建設も始まり,近い将来,インフレーション起源Bモードの検出が現実的になってきている.また重力レンズ起源Bモード観測と光赤外サーベイ,例えばすばる望遠鏡による宇宙の大規模構造観測を組み合わせることで,修正重力やダークエネルギーの検証も期待されている.これは,ニュートリノ総質量の測定,そして素粒子実験による質量自乗差測定と組み合わせることで,ニュートリノ質量階層性の決定にも繋がる.</p><p>次の10年間も宇宙論の最前線であり続けるBモード観測から目が離せない.</p>

収録刊行物

  • 日本物理学会誌

    日本物理学会誌 76 (6), 332-338, 2021-06-05

    一般社団法人 日本物理学会

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