在宅での重症心身障害児者のアドバンス・ケア・プランニング

書誌事項

タイトル別名
  • ザイタク デ ノ ジュウショウ シンシン ショウガイジシャ ノ アドバンス ・ ケア ・ プランニング

この論文をさがす

抄録

Ⅰ.はじめに アドバンス・ケア・プランニング(以下、ACP)は「患者・家族・医療従事者の話し合いを通じて、患者・その家族の価値観を明らかにし、これからの治療やケアの目標や選好を明確にするプロセスのこと」1)2)であるが、治癒できない病気や進行していく病状がある場合、ACPを行い、治療やケアの目標や実際の方法を考えていく上で、自宅でできるかぎり過ごすことを選択した場合に在宅医療は必須といえる。厚生労働省は在宅医療を推進しているが、なぜ在宅医療が必要なのか、在宅医療について紹介し、その後在宅でのACPについて述べたいと思う。ACPについてのエビデンスについては、国立成育医療センターの余谷氏の稿を参照いただきたい。ここでは、在宅で過ごす重症心身障害児(者)(以下、重症児(者))に向けて、以前から実践してきたACPの実際の経験をお伝えしたい。 Ⅱ.在宅医療が必要な理由 医療が進歩を遂げる中、重症児(者)への医療の選択肢が幅広くなり、生命予後は改善されている。医療介入が積極的に行われるようになったことで、自宅で過ごす濃厚な医療ケアを必要とする超重症児(者)や準超重症児(者)といわれる重症児(者)の数は増加している3)。医療が進んだことにより自宅で介護する家族の介護負担は増えており、環境や法の整備が少しずつ成されているが、支援は十分とは言えない状況である。重篤な子どもの介護や状態について、誰に相談したらいいのか分からない、相談しても適切に理解してもらえないといった困り感がある患者家族も多いのではなかろうか。 在宅医療は、病院に通うことが困難な患者に対し、自宅で医療の支援を行う医療であり、介護する患者家族のニーズに寄り添うことができる医療といえる。前田氏は、小児在宅医療の目的または理念として、「全ての子ども、どんな重い障害や病気をもった子どもも、一人の「人」として大切にされ、家族の絆、地域のつながりの下で、それぞれがもって生まれた「いのち」の可能性をできるかぎり発揮して、生き切ることができる社会を実現する。在宅医療という形で、地域基盤の多職種連携による包括的ケアを行い、患者家族が中心のケア(Patient & Family-Centered Care)を実現する」と述べている4)。 在宅医療の一例として、さいわいこどもクリニックの現状について述べる。さいわいこどもクリニックでは、非常勤医師を含め4名の医師で50名ほどの在宅患者を支援している。往診患者は、年齢は0~30歳代で、全患者が医療的ケアを必要としており、バックアップの近隣病院がほぼ決まっている。月1~4回の往診に加え、24時間体制で家族からの相談の電話に対応し、状態に応じて緊急往診または入院の判断などを行っている。地域基盤の多職種連携にも力を入れており、患者の病状や支援の方向性や災害時対応を検討するカンファレンスを多職種で積極的に行っている。 成人の在宅医療は、慣れ親しんだ自宅で最期まで過ごしたいと望む人が多いことを受けて、厚生労働省推進の下、自宅での看取りを支援することが大きな役割となっている5)6)。当院でも家族が希望される場合に自宅での看取りを支援することがあり、その際には、訪問看護等と連携しながら臨時の往診や夜間の緊急往診を行い、家族の不安に最大限寄り添えるよう支援している。また病院での看取りを希望される場合には、できるかぎり病院の主治医と連携し、終末期に病院でのカンファレンスに参加したり、病院主治医とは別にACPを行ったりと悩む家族の精神的な支援をしている。 在宅で過ごす重症児(者)の多様化・濃厚化する医療の支援はもちろんのこと、重症児(者)本人への家族の個々の思いやその子が生きることへの多様な価値観に対応するために、今後ますます在宅医療は欠かせないものといえる。 Ⅲ.在宅でのACP 1.悩むACPのタイミング 重症児(者)は、がん患者と異なり、病状進行の程度は様々なため、今後の病状についての予測を的確に行うことは困難である。ACPは「患者・家族・医療従事者の話し合いを通じて、患者・その家族の価値観を明らかにし、これからの治療やケアの目標や選好を明確にするプロセスのこと」であるが、慢性の経過であるがゆえに、普段から関わる患者家族と点で関わる医療者では病状のとらえ方に開きがあることが多いため、ACPがより必要といえる。ただ、どの程度の急変を見越して、患者家族と事前に話をしておくことが適切か、いつの時期に行うことが適切かを見定めるのは難しいと感じるであろう。特に在宅の場では家族が介護しており、悪い予測を伝えることで家族の不安をあおるのではないかと懸念されたり、患者家族が病状を把握していない時点でACPとして起こり得る急変の話をしたりすると「なぜ悪い話ばかりするのか」と誤解されたりすることもある。成人在宅医療の現場でも、緩徐な進行をたどる神経疾患のACPは必ずしも行われていない現状がある。 しかし、実際に在宅療養している重症児(者)が急変し重篤な状態に陥ると、急性期病院で初めて会う医師から厳しい話を突然受けることになる。医師から事前に重篤な状態に陥る可能性を告げられていなかった場合、家族は「こんなことになるとは思わなかった」と当然混乱するであろう。急性期治療に従事する医師の負担感も大きく、普段関わっていない病院医師からは「普段関わっている医師が適切に病状を事前に伝えておいてほしい」といった希望が聞かれる。 重症児(者)では、家族は身体に様々な問題のある状態を当たり前として受け入れながらともに生活していくため、家族の病識が医療者とずれやすいといえる。ACPと身構えて行うことは医療者にとって負担感のあることかもしれないが、重症児(者)のACPとして大切な一歩は、まず患者の現在の病状について家族と共有することである。ACPはあくまでプロセスであり、一度に全体を話すということではなく、ACPのタイミングとしては、①自宅で一時だが家族が不安になるようなエピソードがあったとき(カニューレが抜けた、嘔吐して顔色が悪くなったなど)、②肺炎等なんらかの感染症で緊急受診や入院を必要とし、回復した後、③様々な検査を行い、結果を説明された後、④親しい人が重篤な病気になった/または急変したといった話を聞いたことをこちらに話してくれたとき、⑤急変があった重症児(者)の友人の話が出たときなどが挙げられる。外来の短い時間でも「○○といったことがあることもあるから、気を付けてね」と一言声をかけるだけでも家族の患者への病状理解の一助になることもある。 2.ACPの内容 家族が介護する中で抱える希望や不安に触れる機会も多い。在宅医療の依頼を受ける重症児(者)は医療的ケアが多く、介護者である親は子どもが急にSpO2が下がり顔色が悪くなったといったような命の危機を感じさせられる経験をすることも多い。自宅では実際の急変時に家族のみで対応しなくてはいけないことがほとんどなため、心肺停止といった状態に至った場合には実際の対応は困難といえる。在宅医療では終末期の緩和も含め自宅での看取りに対応することも可能であり、家族と関係をある程度築き情報提供した上で、実際にわが子が死に直面する状況に至った場合にどのようにしたいか、入院してどのような治療を受けたいのか、自宅で穏やかに過ごしたいのかといった方向性をある程度確認することも努力している。ACPとして、①本人の病状とそれに対し今後起こりうることと対応方法 ②死に直面した状態の際には自宅でできる終末期の緩和方法や心肺蘇生についてといった内容を具体的に説明し、親の子どもに対する人生観や死生観、希望を踏まえ、どのような医療を望み、医療を受けどう生きてほしいのかをともに考えていく必要がある。    重症児(者)のACPの課題として、代理意思決定の問題が存在する。在宅医療では自宅に訪問するため、患者本人の病状のみならず、本人の療養環境や家族背景、教育や福祉の介入状況などが把握でき、それらを交えて関わるので、家庭の中での「○○くん/ちゃんとは」という患者の存在を共有しやすい。この子とどう過ごしたいかといった親の実際の希望を聞くことも多く、周囲の状況を交えながら、患者にとっての最善の利益を考えながら診療に反映することが可能といえる。ただ、患者の存在について共有するには時間が必要であり、在宅期間が短い乳幼児はACPが非常に難しいといえる。 3.外来のみの在宅重症児(者)へのACP 外来診療でのACPは、患者が肺炎等で入院し回復した後や知り合いの死などをきっかけに行っている。重症者の場合は長い年月を患者と過ごしており、介護している家族も年齢を重ねているため、医療側が適切な医療情報を提供すれば、本人にどう生きてほしいかを語ってくださる方が多い。急変時は他院に運ばれることになるため、家族は当然混乱に陥る。そのようなときに、家族が悩んだ末に侵襲的な高度医療を望まないという場合には、十分に患者の病状を理解した上で家族が選択したことがわかるような意思表示の書類を作成し、さらにお財布に入るサイズの意思表示カードを家族とともに作り、急変の際に少しでも意向が反映されるよう支援している。 (以降はPDFを参照ください)

収録刊行物

詳細情報 詳細情報について

問題の指摘

ページトップへ