陽電子–電子対消滅による固体表面からのイオン脱離

DOI Web Site オープンアクセス

書誌事項

タイトル別名
  • Ion Desorption Caused by Positron–Electron Pair Annihilation
  • ヨウデンシ-デンシ ツイショウメツ ニ ヨル コタイ ヒョウメン カラ ノ イオン ダツリ

この論文をさがす

抄録

<p>近年,低エネルギーの陽電子をTiO2結晶表面に入射すると,Oイオンが真空中に脱離する現象が観測された.この陽電子刺激脱離は,陽電子と内殻電子の対消滅によって引き起こされる.</p><p>電子や光子を固体表面に入射したときに,電子励起やイオン化を経由して起こる粒子の脱離は,表面科学の基礎的現象として古くから研究されてきた.特に,TiO2結晶表面におけるOイオンの脱離は,内殻電子の励起やイオン化を初期ステップとするイオン脱離の典型的現象として,その過程が詳細に調べられてきた.内殻電子を励起・イオン化できるエネルギーをもつ電子や光子の入射によって固体表面を構成する原子の内殻軌道に正孔が生成すると,その不安定な状態が緩和する過程で原子内や隣接する原子との間で複数の電荷の移動が起こる.その結果,表面で生成したOイオンが周辺のイオンとクーロン反発を起こして脱離する.内殻正孔状態が緩和する過程で生じるイオン脱離は,表面吸着種においても観測される.</p><p>一方,陽電子刺激脱離では,固体表面で入射陽電子が内殻電子と対消滅することによって内殻正孔が生じる.その状態の緩和過程においてイオン脱離が起こる点は,電子や光子の入射による脱離と同じである.しかし,陽電子が固体に入射してから消滅するまでの振る舞いが脱離の特徴として反映される.</p><p>固体内に侵入した陽電子は,電子と対消滅する前に様々な過程を経由する.電子との対消滅の断面積は,散乱断面積よりも遥かに小さく,入射陽電子は固体内で電子散乱やフォノン励起を繰り返して急速にエネルギーを失う.熱エネルギー程度まで減速した陽電子は,固体内を熱的に拡散した後に電子と対消滅する.数keVまでの比較的低い入射エネルギーであれば,陽電子の固体への侵入長よりも拡散長の方が長くなり,入射陽電子の多くは拡散中に表面まで戻ってくる.このような陽電子が表面にある原子の内殻電子と対消滅することで,イオン脱離が誘起される.</p><p>陽電子が電子と対消滅するのに入射エネルギーの消費を必要としないので,陽電子刺激脱離は入射エネルギーがほぼゼロでも起こる.また,拡散中に表面まで戻ってきた陽電子は,表面上に形成されているポテンシャル井戸に束縛されることで,表面層の電子と対消滅する確率が大きくなる.この表面局在性から,陽電子刺激脱離におけるOイオンの収率は電子を入射した場合と比較して桁違いに大きい.さらに,陽電子は消滅するサイトを自ら選択するという性質をもつために,特定のイオン種の脱離が顕著になる.</p><p>陽電子入射に特有の脱離現象は,他の粒子を入射した場合とは異なる化学結合の切断や結晶構造の変化を固体表面にもたらすことを意味する.すなわち,陽電子刺激脱離過程の解明は,未解明である陽電子と固体表面の動的な相互作用の理解に繋がるだけでなく,陽電子ビームを用いた新たな表面分析法や表面微細加工法の開発に道を拓く可能性がある.</p>

収録刊行物

  • 日本物理学会誌

    日本物理学会誌 76 (11), 723-728, 2021-11-05

    一般社団法人 日本物理学会

関連プロジェクト

もっと見る

詳細情報 詳細情報について

問題の指摘

ページトップへ