ねじれ2層グラフェンの非線形光学応答の理論――動的対称性の観点から

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タイトル別名
  • Nonlinear Optical Responses in a Twisted Bilayer Graphene―A Dynamical-Symmetry Viewpoint
  • ネジレ 2ソウ グラフェン ノ ヒセンケイ コウガク オウトウ ノ リロン : ドウテキ タイショウセイ ノ カンテン カラ

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抄録

<p>2018年にノーベル物理学賞の対象となったチャープパルス増幅法に象徴されるように,近年の高強度レーザー技術の発展が著しい.これに伴い,極めて強いレーザー電場で駆動された固体中電子の非平衡物理の研究が可能になってきた.このような強電場に対する固体の応答は,通常の線形応答を超えて非線形応答が重要になる.そして最近になって,入射電場のベキ展開では捉えられない「非摂動的な非線形応答」が観測され始めている.</p><p>(角)周波数Ωの光を固体試料に照射した際にその整数倍の周波数nΩ(n=2, 3, ...)の光が発生する高次高調波発生はその典型例である.この現象は,周波数変換素子への応用が期待されるほか,発生した高調波から物質内部の情報を窺い知るためのプローブとしても興味をもたれている.2011年に半導体から20次を超える高調波発生が観測されたのを皮切りに様々な物質群へと研究が波及している.より高い発生効率をもつ物質の探索や,それぞれの物質における高調波発生の微視的機構の解明など,実験と理論が協働して盛んに研究されている.</p><p>その中で,炭素原子シートのグラフェンが極めて高い高調波発生効率をもつことが判明し,条件によっては通常物質よりも10桁以上大きな非線形感受率をもつことが示された.また同時期にグラフェンの研究にブレイクスルーがあった.2枚のグラフェンに相対的なねじれ角を与えて積層した人工的な2層グラフェン,いわゆるねじれ2層グラフェン,において超伝導などの物性が観測されたのである.これらの物性は自然に存在する2層グラフェンには存在しないものであり,ねじれ角によって人工的に作り出されたと言える.これを端緒として,人工的なねじれ角を新しいパラメータとして,層状物質の物性を制御する研究が急速に進展している.</p><p>上述の非線形光学およびグラフェン双方の研究の進展を踏まえると,ねじれ2層グラフェンの非線形光学応答が,自然かつ時宜にかなった問題として浮かび上がる.我々は,ねじれ2層グラフェンの高次高調波発生を非摂動論的な数値計算によって解析し,入射レーザーの偏光に依存して多様な次数(n)の高調波発生が可能であることを示した.例えば,円偏光レーザーを入射した場合は3の倍数を除く全ての次数nの高調波が発生しうる.これら多様な次数のうちの多くが,一枚のグラフェンや自然に存在する2層グラフェンにおいては禁止されており,その意味でねじれ角によって生み出されたものと言える.</p><p>これらの次数選択則を,非平衡系(周期駆動系)特有の動的対称性(dynamical symmetry)の観点から系統的に解析的に導出した.レーザー電場の存在下では,通常の結晶対称性そのものは失われるが,適切な時間並進と組み合わせた動的対称性が存在する場合がある.この動的対称性が,時間周期的にレーザー電場で駆動される電子の状態(フロケ状態)に制約を与え,具体的計算に立ち入らずに高調波発生の次数選択則が導出できるのである.</p><p>動的対称性は,時間周期的に駆動された系の一般的性質であり,高次高調波発生のみならず様々な系で役立つと思われる.実際,周期駆動された自由電子系において,この対称性がトポロジカルに非自明な相を導くことが示されている.さらに一般化すれば,時間周期的に変化する係数行列をもつ一階線形斉次微分方程式であれば動的対称性の議論が使えるため,シュレーディンガー方程式以外にも様々な力学系などへの応用が考えられ,非平衡現象の系統的な理解に役立つと期待される.</p>

収録刊行物

  • 日本物理学会誌

    日本物理学会誌 77 (1), 29-34, 2022-01-05

    一般社団法人 日本物理学会

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