「満州」における朝鮮人「安全農村」に関する一考察 : 朝鮮人移民一世への聞き取り調査を通して

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タイトル別名
  • A Study of the Korean "Anzen Noson" (secure villages) in Manchuria : Based on the interviews with first generation Korean Immigrants
  • マンシュウ ニ オケル チョウセンジン アンゼン ノウソン ニ カンスル イチ コウサツ チョウセンジン イミン イッセイ エノ キキトリ チョウサ オ トオシテ

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抄録

朝鮮総督府は,1931年の「満州事変」以降,東亜勧業株式会社(以下東亜勧業)を通して,1932年から1935年にかけて,「満州」に五ヵ所の「安全農村」を建設した。1945年に「安全農村」は日本の敗戦により「満州国」とともに崩壊した。その歴史は今からそれほど遠くない70年前のことであるが, 実際に五ヶ所の「安全農村」でのフィールドワークを通して,「安全農村」に関する記憶が継承されず風化していることを痛感した。「安全農村」を検討対象にした研究は,さほど多くはない。「安全農村」は,これまでの先行研究においては,文献資料によるマクロの視点で考察されてきている。筆者は先行研究での論考を踏まえたうえで,本稿で朝鮮人移民一世(以下移民一世)のライフ・ヒストリーによるミクロの視点で「安全農村」について考察したい。「安全農村」で暮らし,体験したライフ・ヒストリーは,移民一世の個人史でありながら,彼らを取り巻くその時代の社会史でもあると考える。本稿の目的は,「安全農村」で暮らした移民一世の証言に基づき,「安全農村」の建設から瓦解に至るまでの事態の細部を明らかにし,「満州国」の社会史の一断面を照らし出すことである。

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