他人が「他者」になるとき : 移民研究と「他者」再考

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タイトル別名
  • Who is the "Other"? : Rethinking and redefining the "other" through immigrant studies and philosophy
  • タニン ガ タシャ ニ ナル トキ イミン ケンキュウ ト タシャ サイコウ

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説明

近年の人類学批判は「他者」概念を政治倫理的に否定し、分析概念として退けた。被調査者の他民族を「他者」と表象することは「認識論的アパルトヘイト」と非難される相対主義に基づき彼らを不利な立場に押し止めることを正当化するとされた。この考えを押し進めると「他者性」は構築されたものであり解消できるはずであるという近年、影響力を増す人類学の見方になる。だが、この考えも、結局現実の他者を表したものではないという批判が出ている。他者の予測不可能な側面をあらかじめ捨象しているためだ。しかし、代わりに提案された「他者」をめぐる議論は、現実の人間と、予測不可能な性質双方に同じ other 当てているため、具体的に理解しにくい。ここでは「他人」という語を導入し、彼らの見解を私の言葉で整理し、人類学的事例に使用可能にする。「他者」とは「他者性」=境界によって想像される抽象化された「他人」の集合である。境界論は今まで既に名付けられた民族・エスニシティの説明に使われることが多かったが、ここでは名付けのない境界も他者境界として考える。この他者性とは、以前の「我々の現実と全く異なるもの」という意味ではない。ある側面においてあらかじめ予測できないことや理解できないことが「他者性」であり、それが境界となって「彼ら」と「われわれ」を想像させる。境界は視点によって別のものが重層的に現れる(一度にみえるのは一つである) が、一つの境界も可変的である。

収録刊行物

  • 年報人間科学

    年報人間科学 20-1 229-245, 1999

    大阪大学人間科学部社会学・人間学・人類学研究室

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