<論説>連合国経済会議(一九一六年)と日本

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タイトル別名
  • <Articles>The Economic Conference of the Allies (1916) and Japan
  • 連合国経済会議(一九一六年)と日本
  • レンゴウコク ケイザイ カイギ(イチキュウイチロクネン)ト ニホン

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抄録

本稿では、一九一六年六月にパリで開催された連合国経済会議に関する日本の政策形成を検討し、第一次世界大戦中に生じた貿易統制の動きに対する認識と対応の一端を明らかにする。会議の開催通知を受けた大隈内閣は、会議のもつ拘束力は限定的であるとの見通しのもと、当初通商面における連合国への協力を最小限に留めようとした。これに対して、会議の事後処理にあたった寺内内閣は、対連合国関係と産業機構の強化を重視する観点から、速やかな決議承認と関連法案・機構の整備を推進していった。さらに日本代表として会議に参加した阪谷芳郎らは、世界経済のブロック化は不可避であるとの切迫した危機感のもと、一層の連合国支援と産業関係機関の再編を主張し始めた。そしてその後、日本国内でも自由貿易への危機意識が共有されるようになるにつれ、彼の構想と同様の政策が実際に検討されることになるのであった。

収録刊行物

  • 史林

    史林 100 (5), 582-615, 2017-09-30

    史学研究会 (京都大学大学院文学研究科内)

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