<論説>明治期瀬戸内塩業者の直輸出運動とアジア : 思想の後背地としての地域 (特集 : 文明)

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書誌事項

タイトル別名
  • <Articles>The Export Movement by Salt Producers in the Seto Inland Sea Region and Pan-Asianism in the Meiji Era: Regions as the Hinterlands of Thought Formation (Special Issue : Civilization)
  • 明治期瀬戸内塩業者の直輸出運動とアジア : 思想の後背地としての地域
  • メイジキ セトウチエンギョウシャ ノ チョクユシュツ ウンドウ ト アジア : シソウ ノ コウハイチ ト シテ ノ チイキ

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抄録

本稿では、瀬戸内塩業者による直輸出運動の帰趨をアジア主義団体との関係に留意し跡づけることで、一九世紀後半における文明観流通の社会経済的背景を検討する。一八七〇年代後半に始まる運動は、当初幕末維新期以来の政治資産を用い中国輸出の実現を図った。瀬戸内塩業者は八〇年代には市場調査能力を涵養すべく興亜会を核とするアジア情報網に参入しロシア沿海州や朝鮮へ進出、次いで九〇年代には東邦協会や日清貿易研究所と接触する一方、塩業地の利益要求を議会に反映すべく近衛篤麿や東亜同文会への接近を図った。瀬戸内塩業者はその過程で九〇年代に成立した「アジア」を主体とする文明観を受容する。アジア主義と結合した文明観は日清戦勝に乗じた輸出実現を目指す運動を正当化する役割を果たした。当該期のナショナリズム運動は西洋を中心としない多文化主義的な文明観を醸成したが、通商実践の場では「アジア」への想像力を展開しえなかったのである。

収録刊行物

  • 史林

    史林 102 (1), 113-151, 2019-01-31

    史学研究会 (京都大学大学院文学研究科内)

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