<論説>ベルリン・ハンブルク・そして「熱帯」 --ドイツ版「帝国医療」をめぐる考察-- (特集 : 病)

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タイトル別名
  • <Articles>Berlin, Hamburg und die „Tropen": Überlegungen zu einer kleinen Geschichte der deutschen „Imerialmedizin" (Special Issue : Desease)
  • ベルリン・ハンブルク・そして「熱帯」 : ドイツ版「帝国医療」をめぐる考察
  • ベルリン ・ ハンブルク ・ ソシテ 「 ネッタイ 」 : ドイツバン 「 テイコク イリョウ 」 オ メグル コウサツ

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抄録

本稿は、戦前ドイツにおける「熱帯医学」の歴史をたどりながら、それが依拠した近代細菌学の方法論とその限界、さらには植民地主義との関係について考察するものである。一九世紀末の顕微鏡の改良は、細菌学の飛躍的発展をもたらした。当時ヨーロッパ各国は世界中で植民地統治を行なっており、住民の健康維持に大きな関心を寄せていた。細菌学は、自国民と現地住民双方にとって「文明の恩恵」になると期待された。ドイツでも世紀転換期にベルリンやハンブルクに「熱帯医学」の研究拠点が整う。しかし植民地で展開される「帝国医療」はその期待に充分応えられなかった。本論ではなぜ細菌学的手法が失敗し、さらに第一次世界大戦後のドイツで「熱帯医学」はどのような展開をみせたのかを分析した。その結果「熱帯医学」の知見や思考法が植民地喪失後のドイツでも重要な役割を果たしており、今後もその過去との取り組みがドイツ史研究に必要であるとの結論に達した。

収録刊行物

  • 史林

    史林 103 (1), 177-214, 2020-01-31

    史学研究会 (京都大学大学院文学研究科内)

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