中国東北部の多民族都市・満州奉天(現瀋陽)及びハルピンにおける鉄道付属地の開発に関する考察

書誌事項

タイトル別名
  • Development of Multi-racial Peoples, Shenyang and Harbin, from the Wild Land in North-East of China(Manchuria)
  • チュウゴク トウホクブ ノ タミンゾク トシ マンシュウ ホウテン ゲン シンヨウ オヨビ ハルピン ニオケル テツドウ フゾクチ ノ カイハツ ニ カンスル コウサツ

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説明

本論文は、中国東北部の主要都市「瀋陽(旧奉天)」と「ハルビン」の開発について論じたものである。日本は、ポ―ツマス条約(1905年)によってロシアから長春以南の鉄道とその付属地を継承した。なかでも奉天(現、瀋陽)駅とその周辺の「付属地」の原野を開発し近代都市としたことは、中国東北部に対する大きな貢献であった。また、ハルビンはロシア人の都市に多民族が共存する都市であった。本稿は、これらの都市の発展の経緯を分析し、都市の在り方として論じたものである。瀋陽の都市は、「故宮」①、「城内」②、「商埠地」③、「鉄道付属地」④ができ、1930年代に、その西に「鉄西工業地帯」⑤が出来た。「付属地」④は、近代的都市計画による街区で公園、文教地区、運動場などの配置は他に類を見ない都市となった。21世紀に入り再び従来の都市南部に広がる原野に「渾南新区」という「ハイテク・パーク」⑥が建設された。ハルビンはロシアが東清鉄道の中継地として建設した都市であり、中国人よりもロシア人の方が多い時期もあった。1935年北満州からソ連撤退後も白系ロシア人、ユダヤ人を含む多くの民族が共に生活する環境を整備した。その環境が多くのユダヤ人の命を救った杉原千畝を生んだことになる。理想の都市は多民族に寛容な都市でなければならない。両都市の多民族社会における日本人の貢献について述べる。

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